To you 燃え盛る大地。 火の粉の弾ける音が大きい。 かつての森の姿はなく、ただ焦土と化している。 その中に一人佇む少女の肩は震えていた。 「森が・・・リングフォールドが・・・」 こぼれそうになる涙を必死に押し止め、石弓を握り締める。 その手には既に血が滲み、鈍い痛みが走る。 細い腕や脚からも血が流れ、痛みと異常な熱さに、少しだけ意識が朦朧とする。 それでも、妖精の女王メルセデスは決して倒れない。 彼女を支える想いがあるから。 「もう・・・私ひとり・・・かしら」 瓦礫の山に横たわる兵に近寄り、その頬に手を当てる。 冷たい・・・ 既に事切れている。 この灼熱の大地にあって、兵の体はかつて味わった死の国の風のように冷たかった。 私が・・・私がもっと強かったら、国も、皆も、守れたのに・・・ メルセデスは、自分を信じてくれた兵達と、亡き母に対して、謝りたい気持ちで一杯になった。 「・・・ごめんなさい」 謝罪を述べたところで、それは自己満足でしかなく、その痛切な想いが死者に届くことはない。 それでも、メルセデスはその言葉を紡がずにはいられなかった。 「・・・ごめんなさい」 悲痛な感情を振り切り、メルセデスは羽根を羽ばたかせ飛び立つ。 私はまだ戦える・・・ 死ぬまで戦い続ける! 守るべき森も、共に戦う仲間もいなくとも戦い続ける。 母ならば、そうするだろうと思ったから。 そして。 イングヴェイ・・・ 彼への想いが、ただひたすらにメルセデスを駆り立てる。 残酷にも、ふたりの再会は悲劇に終わった。 動かないイングヴェイを前にして、メルセデスは心臓が止まるかと思った。 離れてから、魔王を討つ時も、そして今も、心の糧としていた淡い想いは、ことごとく打ち砕かれた。 「また逢えると言ったのに・・・」 こんな・・・こんなのって・・・ 急に独りぼっちになった気がした。 先程まで塞き止められていた寂しさが急速に氾濫し始め、メルセデスの胸を締め上げる。 その胸の痛みに相応の涙を流すまでもなく、彼女の眼前には敵が現れる。 「お前で最後だ、妖精の女王」 「オニキス・・・」 こんなにも誰かを憎いと思ったのは初めてだった。 悲しみに勝るとも劣らない程の黒い感情は、大地を焦がす炎のように猛々しい。 こいつが・・・森を・・・皆をッ!! 怒りに身を任せるのが危険であることはわかっていた。 しかし、この憎しみは、胸の内に押し止めておくにはあまりに強大すぎた。 それでも、足元に横たわるイングヴェイの血に濡れた顔を見てしまうと、あっさりと激しい感情は冷静さを取り戻す。 彼ならば、こんな時に何と言うかを考えたからだ。 イングヴェイなら・・・イングヴェイならきっと、怒りに任せて敵に向かうなんて愚かだと言うだろう・・・ 炎の王の真の姿の恐ろしさに、体は震え上がる。 ただ一人きりで戦わねばならぬことに、肝を冷やす。 でも・・・ 私は逃げない・・・お母様のように戦ってみせる! 抱かれた大いなる覚悟は、小さな胸にはあまりにも悲壮であった。 たとえ・・・刺し違えようとも!! 飛び立つ際に、もう一度だけ眠るイングヴェイを一瞥し、強く強く覚悟を固めた。 攻撃は確実に当たっていた。 しかし、炎そのもので構築されているのだろう皮膚に致命傷を負わせることができず、こちらの疲労が増すばかり。 肉体的にも精神的にも追い詰められてなお、メルセデスは戦う意志を強くしていく。 しかし。 オニキスが四方に無数の巨大な炎の塊を放つ。 その炎のひとつが、動かぬイングヴェイに向かっていくのを見て、メルセデスの頭は真っ白になった。 「イングヴェイッ!!」 軋む体に鞭打ち、今出せる全ての力を羽根へ注ぎ、彼のもとへと飛んでいく。 弓で打ち返すのが最良の判断であったが、既に炎はすぐそこまで迫っており、弓を構える暇もない。 なにより、その一瞬にメルセデスが下した判断は、その身を以ってイングヴェイを守ることのみであった。 炎がメルセデスを捕らえる。 「あああッ!!」 イングヴェイに覆いかぶさる形をとったメルセデスの背中は、強大な炎に焼かれ、かつて味わったことのない程に痛みが全身を走り抜ける。 「死者をかばうとは・・・気でもふれたか?」 「・・・ぐ・・・イング・・・ヴェイを・・・灰にさせたりなど・・・するものか」 きっと彼の体が灰となって散ってしまえば、ぎりぎりで保たれた自分の心すら砕けてしまうだろうとわかっていた。 いくら愚かな行為だと言われようとも、かばわずにはいられなかった。 立ち上がり、もう一度飛び立とうと羽根に力を入れる。 しかし、焼けるような痛みを感じるだけで、羽根は動かない。 見ると、先程の炎で羽根はすっかり焼け爛れて、明らかに使い物にならなくなっている。 羽根が・・・ これじゃ、もう飛べない・・・ 『綺麗だよな』 『え?』 不意に甦ったには、鮮明な記憶。 まだイングヴェイが蛙だった頃の、決して多くはない想い出。 『蛙。いきなりなによ』 『いや、女王の羽根は綺麗だなと思ってよ』 『・・・なッ!?』 あまりにも鮮やかに覚えているだけに、胸を締め付ける。 彼の言葉のひとつひとつが、くっきりと脳裏に浮かぶ。 ごめんなさい、イングヴェイ・・・ せっかくあなたに褒めてもらった羽根・・・ ボロボロになってしまった・・・ 容赦なく放たれる炎に立ち向かいながら、必死にオニキスの懐に一撃を入れようとするも、軽くあしらわれ、その拳で吹き飛ばされる。 『羽根もそうだけど、髪も綺麗だよな。良い色してる』 『そ、そう?』 黄金色の髪は乱れ、血に塗れてしまっている。 オニキスが炎を放つ瞬間の隙を狙い、魔弾を撃つ。 命中した攻撃に、炎の化身は声を荒げる。 『肌も白いよな』 『どこ見てるのよ・・・』 巨大な拳の一振りを、よろめきながらも回避し、もう一度魔弾を見舞ってやる。 小さいながらも、確実に炎の命を削り取っていく。 自分の命すら、散っていくのを感じながら。 『もう・・・そんなに褒めてもキスなんてしてやらないんだからね』 『・・・別にそんなつもりで言ったんじゃねぇんだけどな』 メルセデスの頬を、冷たい涙がつたった。 「わああああッ!!」 イングヴェイ・・・ 私ね・・・ 最後の力を振り絞るために、精一杯声を上げて敵へと向かう。 私・・・ あなたに話したいことが 沢山あるの 「これで最後だ!メルセデス!」 炎の王は、その拳に今出せる限りの炎全てを結集し、力を溜める。 でもね・・・ 一番伝えたいのは 私・・・ね メルセデスも全ての神経を弓へと注ぎ、その切っ先に力を溜め、大きな一撃を撃つ体勢に入る。 私 あなたのことが好き 決着をつけんと、両者が大地を蹴る。 天よ どうか私に代わって この想いを 彼に 届けて そして、戦いに幕が下りる。 「大きな樹・・・これが、予言にあった世界樹でしょうか」 「きっとそうだろう。こんな大きな樹は、他に見たことがない」 その背を天まで伸ばすかのような、巨大な樹。 その袂に佇む男女は、樹の壮大さに圧倒されていた。 「何故でしょう・・・初めて見たというのに、私はこの樹を知っている気がします」 「あぁ・・・俺もだ」 胸に去来する不可思議な感覚は、ふたり共同じであった。 知るはずもないのに、どこかで逢ったことがあるという気がする。 枝葉の間から差し込む陽の光が、樹を幻想的に輝かせる。 柔らかな風が葉を揺らし、ざわめかせる。 女性には、そのざわめきが泣き声に思えた。 世界樹が何かに悲しみ、涙を流している声が、ありありと聞こえてくるよう。 しかし、その悲痛な姿よりも、世界樹から満ち溢れているのは、暖かい感情である。 「この世界樹からは、とても大きな優しさを感じます」 「あぁ。世界中を包む程の優しさ・・・いや」 「えぇ・・・これはきっと・・・愛」 世界の何もかもを愛し、受け入れるという世界樹の意志が強く感じられる。 しかし、口に出さずともふたり共わかっていた。 この意志の奥にある、深い深い愛。 たったひとりの大切な人を想い続ける恋慕。 ふたりにもその想いがあるからこそ、感じることのできるものである。 『 』 ふと。 声が聞こえた気がして、女性は空を仰いだ。 変ね・・・私達以外に、人などいやしないのに 「ん?・・・これは・・・」 男性が樹の根元で光る何かを見つける。 手に取ろうとして腕を伸ばしたが、何故かその場から動かしてはならないもののように思えて、その手を止めた。 見ると、それは短剣である。 刃が汚れていて鈍い光だけを放っている。 世界樹に寄り添うかのような短剣。 「この短剣・・・バレンタインの紋章がありますね」 『 』 また、声が聞こえた気がした。 「・・・声が、聞こえませんか?」 「・・・いや?」 「空耳・・・ですよね」 「もしかしたら・・・世界樹の声じゃないか」 そう言われて、女性はそびえる樹を見つめる。 すると、先程は泣いているように思えた葉のざわめきが、今度は何かに応えている様子に見えた。 女性は世界樹に手を触れ、祈る。 声が聞こえる。 メルセデス・・・ 枝葉がざわめき、音色を紡ぐ。 その音はまるで、呼びかけに応える少女の嬉しそうな声であった。 END 2007年12月執筆 2008年2月修正 初めて書いたインメルがこんなです…。イン←メルですね。 もちろん蛙のころに仲良くしていたお話とかを書きたいと思うのですが…なんともはや。 しかし…イングヴェイはあんな風に素直に「綺麗だ」とか言うものだろうか。自分で書いたくせに! でも、イングヴェイって思うところはストレートに言う人だから、きっと無自覚ストレートに告白だ!無茶苦茶だ! それでは、読んでくださった方、本当にありがとうございました! 2008年2月15日 |