勿忘草の憂鬱


その日はたまたま近くだし、ちょうど欲しい食材もあるから、ということで立ち寄った。
もうあまり気にしてはいないが、やはり極力行きたくはないものだ。

くそっ・・・何でよりにもよってフラノールなんだよ・・・

ゼロスの頭には“憂鬱”という言葉しか浮かんでこない。









勿忘草の憂鬱









雪の中のその街は、白い背景に溶け込むように佇んでいる。
何度訪れても慣れることのないこの街の寒さ、目にも珍しい輝く雪。

「わぁ〜キレイ〜」
「だよなぁ」
「全く・・・いい加減見慣れなさい」
「でも・・・なぁコレット」
「うん♪いつ見てもキレイなんだもんね!」

はしゃぐコレットとロイドに、ため息を吐きながらリフィルは彼らの後ろを行く。
さらにその後ろに、寒そうなプレセアを気遣うジーニアス。
その様を微笑ましく見守るリーガル。

「ぶわっくしゅ!!」
「うっさいなぁ・・・」
「うるさいって・・・くしゃみなんて自然現象なんだから静かにはできんでしょーよ」

勢いよく白い息を吐き、しいなの悪態を批判するゼロス。
とんでもない寒さに、ふたりのいつもの言い合いも長くは続かず、前を歩く仲間の後を追い宿の中へ入っていく。


「ぶゆっくしゅ!!」
「またかい・・・」
「しかたねぇでしょーよ」

外よりも遥かに暖かい宿の中でさえもくしゃみ連発のゼロスをしいなは少なからず心配する。

だぁあ・・・くっそさみぃ・・・

何故かいつも以上だと思われる寒さへの怒りを心の中でだけ燃やしつつ、しかし、この怒りとも憎しみとも似つかない感情の本当の出所を、ゼロスは知っていた。

忌々しい、雪の記憶。

「それでは、買出しに行きましょうか」
「あぁ!」

リフィルが買わなくてはならないものをロイドに一つ一つ教えながら、それに続いてコレットやジーニアス達も宿から再び寒空の下へと出て行く。

「元気だねぇ」
「・・・」
「・・・?」

ぼやいたゼロスは、隣のしいなの睨む様な目付きに気づく。
その瞳は、複雑な色をしている。

「どったの?しいな」
「・・・あんた」

ゼロスが今一度口を開くよりも先に、しいなの掌がゼロスの額へと一直線に伸びる。
しいなの掌の冷たさが、やたらと気持ちよく感じられる。
その意味を、自分でも理解していた。

「熱・・・だね」
「あ、あぁ?気のせいだろ?」
「・・・あんたが一番わかってるくせにサ」

しいなの口調は、怒りと悲しさの混ざり合った、何とも言い表せないものだ。
流石のゼロスも何も反論できない。

「リフィル!あたし達は待機でもいいかい?」
「え?えぇ、別にかまわなくてよ」
「ありがと!」

会話が終わるや否や、しいなはボーっと突っ立ているゼロスの腕を勢い良く引っ張り、彼の部屋へと押し込んだ。
その様子をリフィルが興味深げに見ていたことを、気にする余裕もないくらいであった。

「ほら、寝る!」
「しいな〜俺様は別に」
「口ごたえしない!」
「は・・・はい」

すさまじい剣幕で捲くし立てるしいなの勢いに思いっきり飲み込まれて、ゼロスは渋々ベッドに横になった。
しいなはてきぱきと動き、彼の看病の準備をする。
その表情は依然として険しいものである。

しいな・・・怒ってんのか?

今になってじわじわと熱が上がってきたようで、多少ぼんやりする頭でゼロスは考える。

しいながドンッとベッドの傍らの机に水のはった桶を置く。
その水の中から、湿りに湿ったタオルを取り出して絞る。
この寒さの中では冷たい水に手で触れるなどとんでもないだろう。
しかし、完全にほてったゼロスの額に絞られたタオルが乗せられると、そのひんやりした冷たさがとても心地良かった。

「あたしがいつも携帯してる薬だけど、効きはいいはずだから、ここ置いとくね」
「・・・わりぃ・・・」
「・・・寝てなよ」

何となくしいなと目を合わせづらくて、ゼロスの目線は中を泳ぐ。
何の因果か、この雪の地で体調を崩すことが、ゼロスには信じられず、不甲斐無い自分を恥じる。
そして、目を瞑るのが怖い。

しいなは寝ていろを促してくるが、どうしてもその気にはなれない。
体も頭も重い。
眠るのが最善に決まっている。
しかし、目を閉じたら、あの日の光景を思い出しそうで。

「ゼロス?」

ゼロスが何かを思案していることに気が付いたのか、しいなが問うてくる。
相変わらず表情は怒りや悲しみや、その他諸々多量な感情が見え隠れしている。

「なんでもねぇ・・・」
「・・・」

この沈黙の間、しいなが何を思ったのかはわからない。
しいなはそっとゼロスの右手を握ったのだ。
両手で優しく包み込むだけで、強く握り締めるわけではない。

・・・・・・しいな?

しいなの唐突な行動に声は出ず、ただ彼女の顔を見る。
初めて目が合う。

「あんたバカだよ」
「・・・」

ゼロスは何も言えなかった。
頭がぼんやりして、思考が霞んでいるのもそうだが、もうひとつ理由があった。

しいなが泣いていた。

「バカはお前だっつーの・・・なに泣いてんだよ」
「あんたがバカだからだよ」

バカを連呼するふたり。
その間も、どんどんしいなの涙は増し、表情は悲しみに染まっていく。

しいなは・・・なんのために泣いてるんだ・・・?

「つらいならつらいって言いなよ」
「いや〜この俺様が風邪なんてひくとは思わねぇでしょーよ」
「・・・風邪のこともそうだけど・・・」

しいなの言葉に含まれた意味を、ゼロスはすぐに理解した。

あぁ・・・
そうだ・・・
しいなは知っている・・・

あの冬の惨劇を。

まず、世界の情報をいち早く集めるミズホの民のしいなが、あの事件を知らないはずはない。

「フラノール・・・嫌なんだろ?」
「・・・嫌っつーか・・・まぁ極力来たくはねぇわな」
「・・・・・・」
「死ぬ時なら・・・来てもいいとか思ってたな」
「なっ!?」

しまったと思った。
つい口を滑らせてしまったが、この手の話などしいなの神経を逆撫でするだけのはず。
案の定、しいなは驚いた顔をして、こちらを見てきた。
ゼロスは目を逸らす。

「バカなこと・・・言うもんじゃないよ」

しいなは純粋だ。
言葉が素直な心そのものを全て表している。

なんで・・・よりにもよってしいななんだ・・・

ゼロスの頭を駆け巡るのは、不甲斐無い自分への怒りと、たやすく自分の中へ入り込んでくるしいなへの言い表せぬ感情。

「・・・あんたが、色々つらいことを溜め込んでるのは知ってるよ」
「しいなに俺のことがわかるの?」

こんな冷たい言葉を放つ気などないのに

「わかるよ!そりゃあ・・・付き合い長いし・・・ねぇ、あたし達仲間はそんなに頼りないのかい?」
「そんなんじゃねぇよ」

本当は、全て吐き出してしまいたいのに

「ゼロス!!」
「!?」

唐突にしいなが声を張り上げたものだから、不意にゼロスは彼女の方へ目線を戻してしまった。
しかし、互いの目は合わなかった。
しいなは俯き、ゼロスの右手を掴んだ自分の両の手を見ている。
握られた手が熱い。

「あんたがそういうならそれでいい・・・・でも・・・そばに・・・いるから」
「・・・」

なに言ってんだよ・・・こいつ

「しいならしくねぇセリフだな」
「うっさいよ」

本当に・・・俺がバカなんだな・・・

「なぁ・・・しいな」
「なにサ」
「・・・わりぃな」

こいつは俺のそばにいてくれるんだな

しいなはパッと顔を起こして言う。

「こういう時は“ありがとう”っていうもんじゃないのかい?」
「ハハ・・・そりゃそうだ」

かなわねぇなぁ

「ありがとな」

“つらい”なんて言っても許されることだと思ってなかったが、少しくらい気ぃ抜いてもいいんだろうか?

しいなの前でだけ

・・・惚れた欲目・・・なのかもな・・・

とか何とか考えているうちに、ゆっくりとゼロスは眠りに落ちた。
右手から感じる暖かさが心地良くて、この地がどこか忘れさせてくれた。



次の日にはゼロスの調子は完全に戻った。
しかし、その代わりと言っては何だが、しいなのゼロスに対する態度が以前よりも2割り増しできつくなった。
いわゆる照れ隠し?

「しいな〜俺様達ラブラブだもんな〜♪」
「うっさい!近寄るなアホ神子!」

そんなふたりの様子を見守る人、リフィル。

「ふふ・・・やっぱり昨日何かあったみたいね」
「先生?」
「何でもないのよ」



「し〜いな〜♪」
「うっさーーい!!」

昨日のことはなかったことのように。

しかし、今日は珍しい晴天が広がっている。

END

2007年2月執筆
2008年3月修正

ゼロス風邪でしいな看病な話が書きたかっただけなのに、なにがどうなったのか、こうなりました。
しいなは不器用だけど、精一杯ゼロスのことを想っているのです。
まぁ、ゼロスさんもとことん不器用だとは思いますが。
では、読んでくださった方、ありがとうございました!
2008年3月11日