幸せの定義


「なぁティア。どっかさ、自然がある所に一緒に住もうぜ」
「?・・・えぇ」

案外さらっと言われた言葉だったものだから、私もつられてさらっと返答した。
彼の言葉がいかに大切なものだったのか、もっと考えるべきだったのに。









幸せの定義









広く晴れた空。
気持ちの良い風に髪を踊らせ、ティアはダアトへとやって来た。
もちろん教団関係の仕事で、だ。

頻繁に仕事と称して彼女がダアトを訪れるのは、もちろんティアが仕事熱心なのはもとより、今や教団をまとめる存在となりつつあるアニスのかつての仲間であるからだ。

「アニス」
「ティア!お疲れ〜!わざわざ来てもらっちゃってごめんねぇ」
「ううん、いいのよ」
「う〜ん・・・でも、あんまり忙しくってルークに逢えないとかってない?」
「そ、そんな事ないわよ」

少し不安げな表情をして否定してしまうティア。
アニスはホントに〜?と言いながら彼女の顔を覗き込んだ。

「・・・確かに、しょっちゅう逢えるってわけではないけど・・・でも、たまに逢う約束はしているもの」
「大丈夫?愛冷めてない?」
「そんなわけないじゃない!」
「アハハ☆冗談冗談♪」

アニスは内心安堵していた。
やっと幸せが見えてきたふたりに、教団の仕事のせいでもしもの事があったら自責の念が止め処なく溢れるだろうから。

「そうだティア!もう少ししたらナタリアが来るんだ♪」
「ナタリアが?」
「そう!三人でお茶でもしよ♪」





「久しぶりですわねティア」
「えぇ・・・ナタリアまた綺麗になったわね」
「それはこちらの台詞ですわ」

今やどんどん遠い存在へとなっていくナタリアの姿は、かつて共に旅をしていた頃よりも美しい気品を醸し出している。
だが、それはティアとて同じ事。
この数年で、大人の女性と言うのか、以前とは異なった美しさを持ち始めている。
まぁ、中身は変わらないのだが。

三人が入ったカフェは、アニス御用達の落ち着いた所だ。
窓から街の様子が一望できる。

久方ぶりに揃った女性陣は、それぞれの注文した飲み物一杯を飲み干すまでに、たくさんの事を話した。
それぞれの近況、国の事、仕事の事。
そして、此処にはいない他の仲間の事。

「大佐は相変わらず大佐らしいよぉ」
「あら、まだ昇進を受け入れてませんの?」
「うん。フォミクリーの研究に集中したいんだって」

アニス曰く、ジェイドは今一度あのフォミクリーの研究をしているそうだ。
それは、彼自身だけでなく、アニスも強く願った事だった。

「ガイは、たまに私の所へ顔を見せに来てくれますわ」
「私もバチカルに行くと、よく彼に逢うわ」
「私が悩んでいますと、良いアドバイスをくれますのよ」
「へぇ〜」

少しばかりアニスの返答に含みがあったことに、二人は気が付かなかった。
ガイも変わらずマルクトでピオニー陛下にこき使われて暮らしているらしい。
それでも、暇さえあればバチカルに赴いているようだ。

そして、残るはただひとり。

「で、ティア。ルークとはどうなの?」
「え!?・・・ど、どうって」

蜂蜜みたいな色のアニスの瞳に詰め寄られてティアは困惑したが、ルークとの近状、ついこのあいだ彼に言われた言葉について白状した。

『一緒に住もうぜ』

しかし、その話をした途端にアニスとナタリアの顔色が変わった。
決して悪い色ではなく、寧ろ色めきたった。

「ティア・・・あなたそれって」
「え?なに?」
「なにって・・・それってプロポーズじゃん!!」

アニスが大口を開けて叫んだ。
幸い他に客はいなかったため、迷惑にはならなかったが。

ティアはきょとんとする。

「プ・・プロポーズだなんてアニス・・・」

そう自分で口にして、ティアは少し考え込む。

『一緒に住もう』というルークの言葉と、プロポーズという名詞。
それは、イコールで結ぶことが可能である。

「!!」

ティアは急に大切な事実に気付いたため、一気に顔を赤くしてしまう。

「まったく・・・気付かないなんて、ティアらしいと言うか」
「なんと言うか・・・ですわね」

少し呆れた様子なふたりを他所に、ティアはあたあたと焦りを感じていた。
それが、どういった感情の産物なのかは分からない。

「!・・・あれは噂のルークじゃない?」
「あら、本当ですわ」
「!?」

アニスは窓の外、街の入口の方を指さした。
そこには、見まがう事なき紅い髪。
ティアは慌てて席を立ってしまう。
ナタリアが、代金は払っておきますからと言うので、ティアは急いで店から出た。
外へ飛び出す直前に、アニスの声が聞こえた。

「十一だかんねぇ〜!」





ティアは息を切らしながら、ルークのもとへ走った。
彼がダアトに来る用事があるなんて知らなかった。
無論、ルークのスケジュールを全て把握しているわけではないが、多少の予定なら聞き及んでいる。

「ルーク!」
「あ、ティア!」
「あなた、何をやっているの?」
「あぁ、少しおつかいな」

おつかい・・・という名目で、何か他の事が目的なのでは、という雰囲気だった。
ティアはじっとルークの目を見る。
すると彼は照れくさそうに言った。

「その・・・前に、今日はダアトに行くってティアが言ってたからさ・・・。どうせなら逢えないかな〜・・と思って」
「ルーク・・・」
「もう用は終わったのか?」
「えぇ」
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ」
「・・・えぇ」

さり気なくルークはティアの手をとった。
繋がった暖かい手。
ティアは指を絡め、俗に言う「恋人繋ぎ」をする。
最初はふたり共照れくさそうにしていたが、じきに笑みが浮かぶ。

陽は夕暮れで、街の外へ向かう道は朱に染まっている。
ゆっくりと歩いていたところ、唐突にルークがティアと向き合った。
両の手を繋ぎ、しっかりと握る。

「ルーク?」
「あ・・・あのさ、この前、どっかで一緒に住もうっつったよな」
「!・・・え、えぇ」

何故だか分からないが、「きた」と思ってしまった。
急に空や道の色と同じように頬が赤くなる。

「その・・・さ、もう一回はっきり言わせてほしいんだ」

ティアは何も言えないでいた。
ルークはぎゅっと彼女の手を握り、少し俯いて息をはいた。

「ティア・・・その・・・俺と」

と、一旦そこで切って、今度は真っ直ぐにティアと目を合わせて言う。

「結婚して下さい!」

それはまあ、街のど真ん中で叫んでしまった。
ティアは硬直してしまったが、何事かと聞きつけた街の人達がふたりを冷やかしにかかった。
ルークは公衆の面前ではっきりとプロポーズをしてしまったのだ。
注目の的になったのは、まあ致し方ない事だろう。
ルークは今だ硬直状態のティアを引っ張って、大急ぎで街の外まで飛び出した。





「ティ・・・ティア?」
「あ・・・えと・・・」

ティアはあたあたとして、ルークの目を見ようとしない。
否、見れない。

「へ・・・返事は・・・?」

おずおずとそう言われて、ティアは一度深呼吸をして、やっと彼を真っ直ぐに見る。
微笑んで、少し背伸びをして、ルークの耳に口を寄せて呟く。

「       」

またふたりが顔を合わせると、ティアは幸せに顔を緩め、ルークは真剣な表情。

「あぁ、絶対だ」
「約束よ」

もう一度、しっかりと手を繋いで微笑む。


『必ず幸せにしてちょうだいね』


離れていた年月など関係ない。
あの日々に募った想いの分、これからは。

ふたりにとって、これ以上ない幸せの定義。

END

2006年6月執筆
2008年3月修正

プ、プロポーズ…しちゃいました。
思い立ったらすぐさま直球勝負なところがルークです(笑
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月13日