時間の隙間〜invisible heart〜


こんな時間がずっと続けばいい
なんて
くだらないことを一瞬だけ考えた

そんな自分がひどく愚かに思えた









時間の隙間〜invisible heart〜









「ねぇ、カエル」
「ん?」
「お前の好きなものはなに?」

小さな女王からの唐突すぎる問いかけ。
質問の意図がわからなければ、意義もわからない。
とりあえず、このままでは答えたくても何を答えたら良いのか判断できないと思い、カエルのイングヴェイは問い返す。

「えっと、お前の好きな料理とか」

最初からそう具体的に言ってくれれば助かったものだ。
小言はそこそこに、彼女の問いに答えてやることにする。
機嫌をそこねられるのは面倒だ。

「好きな料理か…そうだな…サーモンのヴァプールかな」
「……」
「なんだよ」

メルセデスはカエルの回答を聞いて、きょとんとした表情を浮かべた。
まさに鳩が豆鉄砲くらったような間の抜けた顔に、イングヴェイは思わず笑いだしそうになる。
こらえて、なにがおかしいのか尋ねる。

「え?あ…カエルも普通の食べ物を食べるんだなぁって驚いてしまって」
「だから…俺は元は人間なんだと何回言ったら覚えるんだ、あんたは」

真剣に驚いて、真剣に感心している女王の姿に、イングヴェイは思わずため息。
この女王になりきれない小さな少女と関わるようになってから吐いたため息は数知れず。

だが、それを苦に感じたことはないんだよな

それが、イングヴェイのたったひとつの不思議であった。

「じゃあ、好きな色は?」
「色?」
「やっぱり緑?」
「あのなぁ…」

彼女の年相応な無邪気さに振り回されることもしばしば。
それがため息の一番の要因なのだが、最近ではそれを楽しむことができる。
理由はわからない。


それから、イングヴェイは様々な質問に答えた。
真面目に答えるのが馬鹿らしいものもあったが、それでも真剣に応じてやった。



嬉しそうに笑うメルセデスの顔が、なんだかまぶしく見えた。





結局、メルセデスが何のために自分に好きなものを尋ねてきたのかは、謎のままであった。
彼女のことだから、きっとただの気紛れだったのかもしれない。

…俺は、いつまでこんなことをしているんだ

ふと、気がついた。
自分には為さねばならないことがあるはずだ。
それを、いつまでこんな所でちんたらやっているんだ。

…こんな所?

一刻も早く人間の姿に戻らなくてはならない。
そのために彼女に近付いた。
無理矢理にでも戻ろうと思えば戻れるはずだ。

…そんなことできるわけがない

不毛な自問自答が繰り返される。

思えば、この妖精の国に来てからというもの、妙に落ち着いている自分がいることを知っている。
胸の奥底に渦巻いているはずの、醜い感情が薄れてしまうのが感じられる。
そんなことを、望んだつもりはないのに。

なぜ


「カエル!」
「…女王」
「どうしたの?変な顔して」

カエルの変な顔とはどんなものなのか。
どうでも良いことを考えながら、何でもないと言う。

「それなら良いんだけど…」

少しだけ心配そうな表情をするメルセデスを前に、イングヴェイはどんな顔をしたら良いのかわからなくなってきた。

「あのね!ちょっとついてきて欲しいの」
「あ?なんなんだよ…」

目的も告げずに、メルセデスはイングヴェイをある場所へと連れて行った。





「…どうしたことだ?これは」
「爺やに手伝ってもらって、私が準備したのよ」

それは、小さいが小奇麗な机。
どうやらカエルサイズのようだ。
そして、その机の上にある皿。

「…サーモンのヴァプール」
「そう、お前が好きだと言ったから、プーカに手伝ってもらって作ったのよ」
「女王が作ったのか?」
「え、えぇ…ほとんどプーカが作ってくれたのだけど…」

きっと今、自分は相当に間抜けな表情をしているだろうと思う。
状況がいまいち飲み込めていない。
メルセデスに説明を求める。

「その…何だかんだでお前には世話になっているから、なにかお礼をしたいな…と思って」
「それならキスの方が手っ取り早」
「それは却下」
「……」

どうコメントしたら良いのかわからなくなった。

女王が俺にお礼?
それで、サーモン?
こんなカエル用の机まで用意して?

「ぷっ!」

イングヴェイは思わず吹き出して笑ってしまった。
何がおかしいのかとメルセデスは少々怒り気味に問うてくる。
でも、おかしいものはおかしいのだ。

「嬉しいよ女王、俺みたいなカエルのためにさ」

そう言うと、彼女は得意気な笑顔を見せる。
その笑顔がまたまぶしかった。

「他にもね、色々用意しようと思ってるのよ」
「そりゃ、楽しみだ」

料理を食べるには扱いづらい手を駆使し、イングヴェイは女王直々に作ってくれたというヴァプールを食した。
昔、国で食べたものよりも若干味に違和感を感じる辺りが、彼女が手を加えた証拠に思えた。

「ど、どうかしら?」
「よく頑張ったでしょうって感じだな」
「なによそれ」

自然と笑みがこぼれるのがわかった。



こんな時間が
ずっと





とりあえずのカエルへのお礼を済ませて、メルセデスはどこか満足気であった。
他にもお礼の品の用意があるとかで、彼女は一旦その場から去って行った。

一人残ったイングヴェイは言葉を失くしていた。

俺は、さっき何を思った?
こんな時間がずっと続けば良いだって?

愚かにも程がある考えだと思った。
何を思い上がったことを、と。
自分の血塗られた運命の道に、少しの安らぎもあっていいものか。
心地よい時間に、心を委ねていいものか。

じゃあ、この瞬間はなんだ?

暗い道を突き進むことを定められたこの人生で。
光を見ることのできるこの瞬間とは一体なんなのか。

きっと、小さな隙間さ

時間と時間の間にできた、一瞬で通り過ぎてしまうような小さな隙間。
それが今なんだ。
今は運命とは違う。
自分の歩んできた、そしてこれからも歩んでいく時間とは別物だ。

「幸せなんて、感じちゃいけないんだ」
「カエル?」

いつの間にかメルセデスが戻ってきていて、イングヴェイの顔を覗き込んだ。
怪訝な表情で、カエルの様子を窺っている。

「…さっきから変ね。本当にどうしたの?」
「いや、なんでもないさ」

そうさ、なんでもない
たった一瞬の隙間さ

きっと、すぐに忘れる


ただ、楽しそうなメルセデスのまぶしい笑顔を忘れることは、一生できないだろうと知っていた。
その心が何を意味するのかには気付かずに。


END
2008年5月執筆

イン→メルってちょっと難しい。
なにが難しいってイングヴェイが何考えてるのかわからないからなんですよね。
好物とかわかるわけないですよ。サーモンのヴァプールとか適当です。
濃い肉とか、さっぱりしたものとも違う感じの料理で、ある程度値段の高いもの…で、サーモンのヴァプール☆笑
カエルだった時、イングヴェイはその時間に幸せを感じたことがあるかもしれない、なんて妄想。
感じた後にものすごく後悔してしまうんでしょうね。
インメルハッピーな話書きたい書けない…orz
それでは、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年5月26日