彗星の願い〜夕暮れの笑顔〜


「イオン様、すいせいって何ですか?」
「彗星?急にどうしたんですか?アリエッタ」

病に蝕まれ顔色の悪いイオンは、アリエッタの唐突な質問に首を傾げた。
アリエッタの無垢な瞳は、好奇心に満ち溢れている。

「彗星とは天体の一種で、とても明るく輝き、尾を引いて空を翔るものです。ほうき星とも言われますね」
「キレイ?」
「僕も見たことはないんです。きっと・・・大人になっても見ることはないでしょう」

イオンは眼を伏せ、遠き未来を思い浮かべようとする。
しかし、一寸先は既に深い霧に包まれ何も無い。

「イオン様?」

幼い表情に疑いや偽りなどはなく、ただアリエッタの顔は美しい。

「アリエッタは、いつか彗星を見てくださいね」









彗星の願い〜夕暮れの笑顔〜









夢・・・?

目を覚ますといつもの教団の自室で、先程まで眼前に居たはずの愛しい人はいない。

「イオン・・・様・・・」

アリエッタの夢に居たのは、アニスに奪われてしまう前のイオン。
アリエッタにとても優しかった頃のイオン。
過去の彼との会話を思い出し、少し涙が出そうになる。

そして、彼の言葉も思い出す。

「・・・ほうき星・・・」




「シンク」
「なに」

最近、仮面をつけなくなったシンク。
中々慣れるのが難しかったが、今ではすっかり馴染んだ。
そんな彼に質問をぶつける。

「シンクは、すいせいって見たことある?」
「は?なに、いきなり」

いぶかしむ表情を見せるシンクに、アリエッタは相変わらず無垢な顔で向き合う。
何となくシンクはたじろぐ。

「み・・・見たことなんかないよ」
「そっか・・・すごくキレイなんだって」

今のアリエッタには“すごくキレイ”だという“すいせい”を想像することしかできない。
一体それはどんなものなのか。

「・・・彗星・・・というか、流れる星を見つけたら、願い事を祈るんだ」
「願い事?」

シンクの口から漏れた、どこか神秘的で、彼には似合わない内容。

「叶うんだってさ」
「本当?シンクは物知り・・・です」
「・・・常識だと思うけど」
「アリエッタは知らない・・・です」

人間とはいえ、今までの人生のほとんどを魔物と過ごしてきた彼女には、人間的な常識から少しずれたところがある。
アリエッタには特に自覚がないため、周囲を振り回すこともしばしば。

「すいせい・・・見たいです。ねえ、シンク」

同意を求める。

「別に」

と、彼はいつも通りに少し冷たく返す。
それでもアリエッタの顔は笑みを浮かべていた。




彗星など容易に目にする事ができるものではない。
アリエッタもわかっていた。

だが、少しでもイオンとの繋がりを保ちたくて、彼女は教団の図書室へ行き、彗星について調べてみた。

「わぁ・・・」

本には難しい言葉で彗星の事が沢山述べられている。
アリエッタにはあまり理解できなかったが、本に載っている、彗星が夜空を翔けている写真を見れただけで満足であった。

これがすいせい・・・ほうき星
見たいなぁ・・・

望むだけなら容易く、現実にしようと思っても不可能に近い。
何だかじれったい気持ちになる。

「なにやってんの」
「シンク」

ふと本に影が重なり、顔を向けると目につく翠。

「・・・そんなに彗星が見たいわけ?」

シンクはアリエッタの手元の本に一瞥をやり、そう尋ねてくる。

「・・・だって、イオン様が・・・」

そう言っただけで、少しだけシンクの顔色が暗くなるが、アリエッタは気付かない。

「簡単には見れないよ」
「・・・わかってるもん」

イオンに言われたから、という理由はもちろん、アリエッタには叶えたい願いがあるのだ。

ただひとつ、願うこと。


ふてくされて、アリエッタは外へ出る。

そこで視界に入ってきたのは、焼けるような夕焼け。
淡く滲む、赤や橙に遠方の青や黒のグラデーション。
沈みゆく陽が映す夕暮れの紫。

それは、写真に見た彗星に優るとも劣らない美しさ。

「すごい・・・!!・・・シンク!」

アリエッタは急いで屋内に戻り、シンクを呼びに行った。

シンクにも・・・見せなきゃ!




「キレイでしょ」
「・・・これを見せたかったわけ?」
「うん」
「・・・」

シンクは特に興味なさ気にしゃべるが、視線は美しい空に魅入っているようだ。

・・・すいせい・・・じゃないけど・・・

アリエッタは目を瞑り、手を合わせ願い事を心の中で何度も何度も繰り返す。

「・・・なにやってんの?」
「願い事・・・すいせいじゃない・・・けど・・・」

叶いそうな気がするから。
この空に願えば。

「・・・ふん。どうせアニスからイオン様を取り戻して・・・とかでしょ」

心底つまらなさそうにシンクが吐き捨てる。

「違うもん!」

アリエッタが珍しくハッキリと抵抗した。

「じゃあなに」
「・・・シンクの笑った顔が見たい・・・って」
「・・・・・・は?」

アリエッタは真剣そのものの表情で言ったが、シンクは間の抜けた声を出してしまった。

「ば、ばかじゃないの!」
「だって・・・」
「・・・だ、第一、他人に願い事の内容を言ったら叶わないんだけど」
「え!?そ、そうなの・・・?」

アリエッタは表情を一変させ、焦りだす。
おろおろとし出して、不安そう。

そんなアリエッタの姿がなんだかおかしくて・・・。

「あ!」
「・・・な、なに」
「今、シンク笑った・・・です!」
「え・・・」

アリエッタはその目でしかと見た。
彼がやんわりと、少しだけ微笑むのを。

「〜〜〜〜っ!!か、帰るよ!」
「あ、待ってシンク〜」

照れ隠しか、シンクは早足に戻っていく。
アリエッタはもう一度笑ってとせがみながら彼の後を追う。

シンクが・・・笑ってくれた・・・!
叶った!

ただただ嬉しくて、アリエッタは始終笑みのまま。
シンクは、早足といってもアリエッタが追いつけないほどまで速度を上げたりせず、ちらちらと彼女の様子を伺いまた照れる。

夕暮れ時の、ささやかなひと時。

END

2006年5月執筆
2008年3月修正

Salyuの歌をモチーフにさせて頂きました!
オリジナルイオン様って、実はもっと腹黒い(?)感じの人でしたね…失敗失敗。
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月13日