幸せ配達人2〜fruit tart〜


幸せ配達人2〜fruit tart〜


「・・・・・・」
「な、なぁにイリア。そんなに見つめないでよ」
「アンジュはさ、女らしくていいよね」
「いきなりどうしたの?」
「私もさ・・・もう少し女らしくなりたいなって思ってさ」

珍しく弱気でしおらしい態度のイリアと、彼女の口から洩れた悩みに、アンジュは些か驚いた。

「別に、イリアは今のままでも良いと思うんだけどな」
「私は嫌なの!」

困ったなぁと首を傾げるアンジュと、息巻くイリア。




日が暮れ始め、今日はここまでとリカルドが判断を下し、野営の陣を張った。

リカルドが簡単な食事の準備をし、そこにエルマーナとコーダが邪魔をしに入る。
少し離れた所では、ルカとスパーダが剣の稽古をしている。
手加減なしの手合いの剣の響きが聞こえてくる。

手荷物の整頓でもしようかと思っていたアンジュのところに、イリアはやって来た。

「女らしいっていうのは、一概には言えないのよ」
「少なくとも私みたいなのは言わないでしょうけど」

怒っているのか落ち込んでいるのか、複雑な表情のイリアに、アンジュはどうしたものかと悩む。
いつもは「女らしさ」というワードで悩むようなイリアではないだろうに、今日は一体どうしたというのだろうか。

もしかしたら、いつも悩んでいたからこそ、とうとう相談に来た・・・のかもね

「でも、急にどうしたの?」
「ん・・・いや、その・・・そ、それは別にいいじゃん!」
「そう?」
「で、とりあえず聞くけど、アンジュは女らしさって何だと思う?」
「う〜ん、そうねぇ・・・」

あまり返答にしぶっては、また彼女の血圧を上げてしまうだろうと、アンジュは少し考えてからなるべくすばやく答えた。

「さっきも言ったけど、一概には言えないな・・・強いて言えば、素直さ・・・かな」
「う・・・」

実際、女らしさに素直さは含まれるだろう。
そして、イリアに足りないものでもある。
自覚しているのか、イリアは言葉を詰まらせる。

ちょっと意地悪だったかしら

「やっぱ、そうよね・・・」
「確かに素直なことは大切だけど、それだけが重要ではないのよ?」
「え〜もうよくわかんない」

話を理解せず投げ出そうとするのはイリアのいつもの悪い癖である。
それでも、まだ怒りもせず頭を抱えて悩んでいる様子を見ると、どうやら真剣なようである。

「一番大切なのは、どうあるかじゃなくて、イリアがどうしたいか、だと思うな」
「・・・・・・」

まさしく聖女の如く微笑むアンジュを、イリアは心底羨ましく思った。




イリアは、剣戟の響きがする方へ向かう。

スパーダが素早い動きと巧みな剣さばきでルカを圧倒するも、ルカはしかと相手の動きを見極めかわしては、攻撃の隙を突こうとする。
本気で斬り結ぶ2人は、すっかり汗だくになっていた。

ルカ・・・

圧されてもなおその瞳に宿した戦意を失うことはないルカ。
スパーダには技量で勝つことはできないとわかっているからこそ、機会を窺っているのだ。
相手を確実に仕留められる一撃を撃つ瞬間を。

「オラオラオラァ!そんなもんかよルカ!」
「ま、まだまだ!」

イリアは、ただ呆然と立っていることしかできなかった。

2人で旅を始めたあの頃は、手にしたばかりの大きな力に戸惑いながらも、その力に絶対の自信のようなものを持っていた彼。
しかし、それに相応の技量など持ち合わせておらず、正直不恰好極まりなかったものだ。

そのおたんこルカが、今じゃすっかり強くなっちゃってさ

今では戦闘において、皆を引っ張り、果敢に敵へと向かっていく彼の姿を見ることができる。

そう・・・ルカは変わった

「だらああ!!」

スパーダがとどめと言わんばかりの大振りの一撃を撃ち込むために高く飛ぶ。
ルカはその姿をはっきりと見据え、剣を構える。

剣が交じり合う。

重力に後押しされたスパーダの剣が勝ると見えた。
しかし、それを受け止めたルカは、渾身の振りでそのままスパーダを投げ飛ばした。
地に転がったスパーダが体勢を整えるために起き上がろうとするも、既にその目の前にはルカの大剣が向けられていた。

「僕の勝ちだね、スパーダ」
「くっそ〜・・・ぜってぇ負けねぇと思ったのに」

ルカは剣を鞘に収め、スパーダが立ち上がるのに手を貸してやる。
なんだか自分も嬉しくなってきて、イリアは2人の傍へ向かった。

「やるじゃんルカ!見てたわよ」
「イリア!」
「げ・・・俺が負けたとこ見られたじゃねぇか」
「ホント、無様でございましたわよ」

スパーダは怒りを露にしようとするも、もはやそんな体力も残っていない様子で、イリアをただ睨むだけである。

「しかしよぉ、マジでルカは強くなったよ」
「ほ、本当?」
「あぁ、俺が保証するぜ」

ルカは先程の手合いの疲れなど忘れたように照れて微笑んだ。
誰かにそんな風に認められることが今までなかったのか、心の底から嬉しそうにしている。

「でもさ、それはアスラの力もあるんじゃないの?」
「そりゃあそうかもしれねぇけどよ。それ抜きで、ルカはマジで強くなった。剣の扱いに慣れて、技量が上がったんだ。これは紛れもねぇルカ自身が積み重ねてきた努力の強さだよ」
「・・・そう言ってもらえると、自信がつくな」

なよなよといた男の子だったルカが、すっかりと勇ましくなっていることに気付いた。

“男らしく”なった。

ふと、置いていかれたと思った。
もう旅の始めとは違う。
ルカは強くなった。
それは、剣技においてだけではない。

じゃあ、私は?

本当は気付いていた。
見て見ぬフリをしようとしていた。
しかし、事実がイリアを捕らえて離さなかった。
ルカが変わったからと言って、自分まで変わらなければならないわけではない。
しかし、それでは気が治まらない。





食事の後、イリアはひとり食材を抱えて皆から少し離れた所へ移動した。
アンジュがそれに気付き、後を追った。

「イリア、それどうするの?」
「ア、アンジュ!?・・・あ、え〜と、その・・・」
「ふむ・・・食材を見た限りでは、お菓子でも作るのかしら?」
「ま、まぁそんなところよ!・・・ちょうどいいわ、アンジュ手伝って!」
「はいはい」

巻き込まれながらも微笑んで助力してくれるアンジュに、イリアは小さくお礼を言った。

「ルカ君のために作るの?」
「はあ!?」

いきなり直球ストレートでど真ん中をぶち抜いてくるアンジュの問いに、イリアは思わず息巻いた。

「だ、誰がおたんこルカのためになんて!」
「イリア」
「・・・」

落ち着き、諭してくるアンジュの声。
嘘をつくことなどできるはずもなく、渋々本音を洩らす。

「ルカ・・・疲れてるだろうからさ・・・なんか甘いものをと思ってね・・・」
「うん、いいわね」

お菓子を作るのは得意ではない。
美味しくできる保証などない。
それでも。

「・・・いきなり変わるなんて、やっぱ無理だし」
「うん」
「言葉で表すのも無理だし」
「うん」
「けど、せめてさ・・・少しでも伝えられたら・・・と思って」
「うん」

何を、なんて言うまでもない。

そう
私の気持ち

「私が、こうしたいから」
「うん」

だた頷くだけのアンジュの声が優しくて、それでいいんだと言ってもらえている気がした。

アンジュが言いたかったのは、こうゆうことだったのかな

そうして、彼のためのお菓子作りを始めた。





「はぁ・・・」

できたにはできたけど・・・

お菓子は完成したものの、イリアの気分は沈んでいた。
アンジュに手伝ってもらったとはいえ、上手くできた自信などない。
ましてや、ありあわせの食材で作っているのだから、出来映えは良くない。

ルカ・・・喜んでくれるかな・・・

それが一番の意義であり、最優先事項である。
不安がっているだけではどうしようもないと思い立ち、意を決してルカのもとへと重い足を運ぶ。

「ル、ルカ」
「どうしたの?イリア」

皆から少し離れた樹の袂で体を休めていたルカは、飛びかけていた意識を呼び戻した。
やはり疲れているのだろう、まぶたがいやに重たそうだ。

「あ、あぁのさ、良かったら・・・これ食べる?」

ずいっと差し出したのは、できたばかりの円形の焼き菓子。
フルーツタルト。

「え、食べていいの?」
「そ、そうよ!てゆーか食べなさい!」
「う、うん・・・いただきます」

思わず声を荒げてしまい、しまったと思ったが、いつものことだとルカは気にもしないようで、スッとタルトに手を伸ばした。
ルカがタルトを口に運ぶ様子を、イリアは胸の鼓動が速まるのを感じながら見つめる。

「うん、おいしい!」
「ホ、ホント?」
「嘘ついてどうするの」

そう言うルカの笑顔は、アンジュと同じように優しく、その声は真剣であった。

やった!!

照れ臭いのと、なんとなく悔しいのとで、嬉しい気持ちを正直に声に出したりはしない。
しかし、顔に出てしまうのは止めようがない。
口元が緩んで、にやけてしまう。

「もうひとつ食べていい?」
「も、もちろん!全部食べてくれていいわよ!」
「本当?」

ルカの顔が無邪気な小さな子供のように見える。
今の生活は辛いことが多くて、きっと色々無理をしている節があるだろう。
だから、一時でもこんな風に気を抜けたらと思っていた。

気付くと、ルカはあっという間にタルト1ホールを食べ切っていた。

「よく食べたわね〜あんた」
「うん、美味しくて。イリアが作ったの?」
「ま、まぁね!・・・アンジュに手伝ってもらったけど」

ルカの笑顔が嬉しい。

「本当に美味しかったよ。また作ってくれる?」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。ま、考えとくわ」
「ありがとうイリア」
「・・・どーいたまして!」

ルカの笑顔が嬉しい。
笑顔というものが、こんなにも心を打つものなのだと初めて知ったのだ。

なんか、もう、女らしくとか、そんなんはどーでもいいわ

「僕、今、すごく幸せだな」
「あら、偶然。私もよ」

ルカとこんな風に笑いあえるなら
それでいいや


あなたの笑顔は大きな幸せ。


END

2008年1月執筆

幸せ配達人イリアverですね。
イリアって普通の料理はある程度できそうですが、お菓子とかが作れなさそうです。
イリアは素直になれないけど、その分、ルカがイリアを想うよりも、ルカのことを胸の内で想っていると思います!
イリアなりにってことですね。
ルカイリはほのぼのな感じが一番です!
そしてアンジュはいつも皆の良き相談相手です。御苦労さま(笑
では、読んで下さった方、本当にありがとうございました!
2008年3月13日