幸せ配達人〜wreath〜


僕は臆病だ。
そんなことはずっと前から知っているし、皆だってわかっている。
でも、それがどうしても恨めしいと思う時がある。
この旅をしていて、そう思うことが多くなった気がする。
どうしようどうしようって、ただ悩むだけじゃいけないことはわかっている。

でも、やっぱり怖いんだ。









幸せ配達人〜wreath〜









「イタタタタ〜・・・」
「イリア、また頭痛?少し休む?」
「ん、大丈夫よ」

疼く頭の痛みに、文字通り頭を抱えるイリアを案じて、アンジュが声をかける。
原因不明の痛みは、長いことイリアを苛み続けている。
皆が心配しても、イリアは大丈夫だと言ってあしらう。

そのことを、誰よりも気にかけているのはルカであった。

「本当に大丈夫?イリア」
「な〜によおたんこルカ!連戦でへばってるあんたに言われたかないわよ!」
「う・・・」

言い返せないのが悔しかった。
確かに、大分休み無く魔物と戦ったことで体力を消耗している。
そんな状態で他人の心配などしても、なんの説得力もない。

はぁ・・・情けない

想いを寄せる子の心配すらできないなんてこと程、男として情けないことはない。
ため息をひとつつき、肩を落とす。
こんなことも、旅をしてから増えた気がする。

僕、どうしたらいいんだろう・・・

成立しない自問自答だけを繰り返して、今日もまた胸に不快な感触のみが残る。
きっと笑顔を見ればこんな気持ちの悪いものは消え去るだろうとわかっていた。

他の誰でもない。
イリアの笑顔。

「みんな、みんな!あっちにえぇとこ見つけたで!」
「すごいぞ、しかし!」

唐突に、先を歩いていたエルマーナとコーダが興奮した様子でそう言った。

「なんだってんだよ、なにがすげぇんだよ」
「ちょ、えぇからこっち来てみぃて!」

いぶかしむスパーダを引っ張り、エルマーナは目的の場所へと走っていく。
その後を、コーダが小走りで付いて行った。

「ど、どうしたんだろう」
「行くしかあるまい」

少しうんざりした様子でそう言うリカルドに従い、皆もエルマーナの後を追う。
まだ頭痛の痛みに苦々しく顔を歪めるイリアの傍らにはアンジュが付き添う。
ルカは、自分なんかがそばにいては迷惑になりかねないと思い、あまり彼女の近くには寄らなかった。



「だああ!引っ張んなよエル!」
「ほら、もうすぐそこやから〜」
「すぐだぞ、しかし」

その細身とは裏腹のエルマーナの力強い手に引きづられ、スパーダは半ば転びそうな状態で歩いている。
それを見てルカは思わず小さく笑ってしまったが、見つかったらひどくどやされると思い、咄嗟に手で口を塞いだ。

「ほら、ここや!」

ようやくエルマーナはスパーダを解放した。

そこは、大きな大地一面に惜し気もなく広がる花畑であった。
多くの木々に囲まれた中にあるそこは、陽の光の恩恵を直接に受け、花々がのびのびと育っている。
花の薫りが空に舞い、風に甘い匂いが乗ってくる。

「お、おお・・・すげぇなこりゃあ」

その美しさに圧倒されているスパーダの後ろで、追いついたルカ達も二の句が継げなくなっていた。

「「無恵」の影響で、大地は荒廃していくばかりだと思っていたけど・・・こんな所も残っていたのね」

声の出ない他の者に代わり、アンジュが口を開いた。
少し離れた所でエルマーナとコーダが走り回り、勢いで転んでいる。

「ね、皆、ここで少し休憩にしない?」
「ふむ、それも良かろう」

アンジュの提案を、意外にもリカルドがすぐさま承諾した。
流石の彼も疲れたのか、仲間の体を気遣ってか。

良かった・・・これで、イリアも少しは休めるかな

ルカは自分自身の体を休めることができることよりも、イリアが少しでも休息をとれることの方が嬉しかった。
他人の幸せが自分の心を満たすことがあると知ったからこそ感じた気持ちだ。

「そいじゃあ、私はちょっと横になってるわ〜」

フラフラと花畑の真ん中に歩いていくイリアを見て、ルカは彼女のために何か自分にできることはないか、と思った。

でも、何を?

結局、答えは例に漏れず「わからない」。





「ねぇ、アンジュ・・・」
「あら、どうしたの?ルカ君」

情けないのは十二分に承知している。
それでも、誰かの意見にすがり付こうとする自分がいることが、ルカの心を少なからず苛む。

「イリアが体調悪そうで、気になるんだ」
「そうねぇ」
「僕・・・何かしてあげられるかな?」

何もないと言われたらどうしようと肝を冷やしていたが、アンジュの返答は優しいものであった。

「ルカ君にしかできないことがあるはずよ」
「え?そ、それって何?」

アンジュは悪戯っぽく笑うだけで、今度は答えてくれなかった。
風に揺れる草花の匂いに気持ちが緩むアンジュの笑顔は、ルカの胸の内全てを見透かすようである。

「ルカ君が自分で考えないと駄目なのよ」
「う・・・うん」

自信がなかった。
旅に出てから、少しは自分で物事を決められるようにはなったと思うが、それでもまだ弱い。
特に彼女のこととなると、何も考えられなくなる。

だって・・・迷惑になるかもしれない・・・

視線を落として肩を縮めるルカの様子を見て、アンジュは思わずため息をついてしまう。
慎重なのは良いことだが、なんにしても人の顔色を窺ってしまうのは、ルカの悪いところでもある。
それ故、どうしても余所余所しい雰囲気を出してしまう。
それは、仲間も承知の上だ。
付き合いが一番長いイリアならば尚更。

そう・・・だからきっと、イリアは待ってるのよ、ルカ君

気兼ねなく、お互いに迷惑を掛け合えるような関係。
嬉しいことも、悲しいことも、悩み事も共有できるような絆。
それは、ルカが自分で気付いて歩み寄らなければ決して手に入らないものだ。

当のルカは、大切なことに気付く様子もなく、目の前のことで手一杯になっている。
一体いつになったら期待するような絆を結べるのか不安に思い、アンジュはもう一度ため息をついてしまうが、しばらくはゆっくり見守ってあげようと思う。
イリアを想う彼の気持ちが、いつか絆を紡ぐ役割を果たすだろうから。





「はぁ・・・どうしよう・・・」

アンジュに相談したのを少しだけ悔いた。

だって・・・余計にわけわかんなくなっちゃった・・・

しかし、自分でもわかっていた。
自分でなんとかしなくてはならない。
人に頼ってばかりでは、自分の歩を進めることはできない。
さらに、自分の力でイリアに笑顔をもたらすことができたならば、これ以上の幸せはないだろう。

僕にできること・・・
僕にしかできないこと・・・

すると、花の中に埋もれて何かもぞもぞとしているエルマーナが目に入る。
ここからでは確認できないが、コーダもいるのだろう。

何をしているのかと気になり近寄ってみると、うつ伏せになったエルマーナが手近な小さな花を容赦なくむしって、何かを作っている。

「な、何してるの?エル」
「お、ルカ兄ちゃん。コレやコレ」
「あぁ・・・」
「なんだ、ルカも興味あるのか、しかし」
「あ・・・う、うん!エル、作り方教えてくれないかな?」
「えぇけど・・・ルカ兄ちゃんには難しいんとちゃうかな〜?」
「が、頑張るよ」
「ふむ、しかし、この辺りの花は美味しくないな、しかし」
「・・・・・・」





「あったか〜・・・」

さんさんと照る陽が落とす陽光が、花畑の中心で寝転がるイリアの体温を上げていく。
ぽかぽかという言葉通りの緩やかな時間の流れに、思わず自分達の旅のことなど忘れてしまいそうになる。
そんな幸せな瞬間だからこそ、目を閉じて眠ろうとは思えなかった。

今は・・・前世のこととか考えたくないもんね

夢で前世のことを思い出すことが、急速に自分を現実に引き戻し、この暖かな空気を壊してしまうだろうと思うから。

そんなイリアの心を知ってか知らずか、彼女の傍に忍び足で近づくルカ。
その手には先程エルマーナから教わって作ったものを握り締めて。

イ・・・イリア・・・寝てるよね・・・どうしよう

「なぁ〜んの用よ、おたんこルカ!」
「うわあ!!」

てっきり寝込んでいると思っていたイリアが急に大声を出したことに驚いて、ルカは素っ頓狂な叫び声を上げて尻餅をついてしまった。
地面に思いっきり尻を打ちつけた痛みに、ほんの少し涙が浮かぶ。

「あははははは!大丈夫?ルカ」
「う・・・うん」

そんなルカの様子に、イリアは笑いが止まらなくなる。

イリア、普通の笑い方もできるんだ

着眼点が違うだろうと自分でも思ったが、普段の彼女のなんとも凶悪な笑い方を思えば、イリアが一般的な笑い方をするのは、実に珍しいことのように思えた。

「あ〜もう流石おたんこルカだわ〜」

一体どのあたりが流石なのかわからなかったが、とりあえず本題に入ろうとする。

「あ、あの・・・イリア」
「ん?」

まだお腹を抱えてクスクスと笑うイリアに、真っ直ぐ手に持っている物を意を決して差し出す。
意外にも、イリアはあっさりとそれを受け取った。

「なにこれ?花輪?」
「う、うん・・・かなり不恰好なんだけど・・・」

イリアの手に渡ったその花輪は小さい白い花で作られているも、所々ほつれていて、お世辞にも良いデキとは言えない。

「ホンット下手くそね〜私の方がまだ上手いわよ」
「初めて作ったにしては、良い方だと思うんだけど・・・」

元々、遊びの類からは縁遠いルカ。
外で遊んだとしても大概ついていけないスポーツばかりであった。
更に花輪作りなんて、男友達がやる遊びとしては論外だ。

それでも、エルマーナに教わって精一杯作った。
少し指が痛くなったが、そんなことは気にもならない。

イリアが・・・笑ってくれるなら・・・

「ルカ」
「あ、う、うん、何?」
「これ、あたしのために作ってくれたの?」

イリアはじっと花輪を見つめながら、柔らかな口調で問いかけてきた。
こんなものいらないと言われないかと怯えていたルカには、少し意表を突いた問いであった。

「あ、うん・・・君の、ために。いらないよね?そんなの・・・」
「・・・」

何も言わないイリアの表情を見たくなくて、ルカは俯いてしまう。
やっぱり迷惑だったのでは、という不安がルカの胸を占めて、嫌な汗を呼び起こす。

「ルカ」

名を呼ばれ、思わず顔を上げてしまう。
真っ直ぐな真紅の瞳と視線が交わる。

イリアは、今まで見たことない程柔らかい笑顔をふわっと浮かべた。

「ありがと」

急激にルカの体中を何かが走り抜け、顔の辺りで結集する。
そのせいで、顔が熱を帯びて赤くなるのがわかった。
イリアに見られまいと、咄嗟にまた下を向いてしまう。
その様子を見て、彼女がふっと笑うのがわかって、更に顔が熱くなった気がした。

あ〜・・・なんか恥かしい

しかし、胸を満たす幸福感に口元が緩んでしまう。
嬉しかった。
イリアが笑ってくれたこと。
自分の力でそれを成したこと。
アンジュの思ったとおりにできたのかはわからないが、それでも良かった。

イリアも・・・同じ気持ちだと良いな

「ルカ、私が教えてあげるから、もっかい作ろうよ」
「え?イリア、できるの?」
「少なくともあ〜んたよりはできるわよ!」

いつも通りの少しきつい物言いでも、何故か楽しそうに見えるイリアと、もう一度花輪を作り始める。

風が運ぶ花々の薫りと共に、小さな幸せが舞い踊る。





「あらイリア、もう調子は良いの?」
「うん、お蔭様でね」
「その手に持っているものは何?」
「ん?これ?これはね・・・私の」





「お、ルカ、なんかご機嫌じゃねぇか」
「そ、そう見える?」
「あぁ。・・・その手に持ってるのはなんだ?」
「これ?これはね・・・僕の」





「宝物」


小さな幸せは大きな宝物。


END

2008年1月執筆

ほのぼのな感じのルカイリが書きたかったんです。
というか、私のルカイリ感は全てほのぼのです。
いいんです、それがふたりらしさです!
イリアは何だかんだで田舎育ちなので、少しくらいは花輪とかも作れるのでは?と思ってます。
ルカは微妙に不器用だと思ってます。イリアは大雑把なだけですね。
あぁ・・・ルカイリかわいいよ!!
では、読んで下さった方、本当にありがとうございました!
2008年3月13日