ring〜前編*scarlet〜 「かわいい・・・」 ふと目にとまったもののかわいさに、思わず声を出してしまう。 街の小さな露店。 そこに並ぶそれ。 おもちゃの様なものから、それはそれは綺麗なものもある。 そこにあるのは指輪。 店の前でひとり、指輪を眺めるティア。 皆はスタスタと先に行ってしまうのに、ティアはそこから離れられなかった。 ティアの視線を一身に受けるのは、紅を基調とした指輪。 真ん中に小さな紅の宝石があしらわれ、周囲には木のつるを思わせる緻密な細工が施されている。 「お嬢さん、どう、それ。かわいいでしょ?」 「えぇ」 人の良さそうな女性の店主に問われる。 どうしよう・・・買っちゃおうかしら・・・ もしかしたらこんなかわいい指輪には二度と出逢えないかもしれない。 買えるうちに買ってしまうべきだ。 そう思考を巡らせていると、突然背後から声をかけられた。 「ティア!」 「あ、ルーク」 「なぁにやってんだ!置いてくぞ」 「あ・・・今いくわ」 せめて指輪を買ってからその場を離れたかったが、ルークの目の前で買うわけにはいかず、渋々ティアはその場を後にした。 小走りで皆のもとへ向かうティアの背中を見送って、ルークはふとティアは何を見ていたのか気になって店主に尋ねた。 「はぁ・・・」 「ティア、どうしましたの?」 「そうだよ〜そんなため息ついちゃって〜」 「な、なんでもないわ」 かわいい指輪を買い損ねたからだ、なんて言えない。 宿屋で話す女性陣。 女三人寄ればなんとやらとはよく言ったもの。 自然と話がにぎやかになっていく。 「そういえば、ルークはどうしたのかしら?」 「さぁ?・・・なにティア、ルークが気になるの?」 「べ、別にそんなんじゃ!」 「あらティア、顔が赤くてよ」 「もぅ・・・」 いや、かしましいと言うよりも一方的な尋問か。 尋問にたえられなくなってきたティアは宿屋を出た。 もう一度あの露店へ行き、指輪を買おうと思った。 「え!売れたんですか!?」 「お嬢さんずっと見てたのに、ごめんなさいねぇ」 「いえ・・・」 先程の露店に向かい待ち受けていた事実は、あの紅の指輪が売れてしまったということだった。 思わずため息が出てしまう。 「さっきの赤い髪の坊や・・・」 「え?ルーク・・・ですか?」 「あぁ、そんな名前だったわね」 突然ルークの名が出たことを不思議に思うが、すぐに指輪が買えなかったのは彼のせいではと思えてきた。 「彼氏?」 「な!ち、違いますよ!」 ニヤっと笑う優しそうな店主の顔が、悪戯好きな子供の顔に見えた。 「ま、ともかく優しい子だね。仲良くしなよ」 「?」 店主の言うことは理解できなかった。 ただ、もうあの指輪は手に入らないということがショックだった。 いつの間にか日が暮れ始めていた。 あの指輪の中央の宝石の紅と同じくらい、空が赤く染め上げられていた。 宿屋に戻れば、きっとまたアニスとナタリアの尋問が始まるかもしれない、と不安でティアは帰れずにいた。 ゆっくりと街並みと空を眺めながら歩いていた。 背後から名を呼ばれるまで、ともかくボーっとしていた。 「ティア!探したぞ」 「ルーク」 再びティアの前にやって来たルーク。 あぁ、ルークの髪もあの宝石と同じ色 「ティア、ちょっと手出して」 「なに?」 言われるがまま両の手を差し出すと、ルークは左手のみをつかんできた。 そして、何か小さな物を握らせてきた。 そっとルークが手を離してから、左手に転がった物を見た。 「これ・・・!」 紅い指輪。 ティアがずっと見ていたあの指輪。 「これ・・・どうしたの?」 「・・・買ったんだよ・・・ティア・・・欲しかったんだろ?」 「え?なんで知って・・・」 そこであの店主の笑みが思い浮かぶ。 「あのお店の主人に聞いたのね?」 「ん・・・まぁな」 だからあの店主はルークを彼氏などと言ったのだと理解した。 もう一度指輪を見る。 美しい紅。 「ルーク・・・ありがとう」 ともかく嬉しかった。 欲しかった物が手に入ったから。 ううん・・・それだけじゃないもの 「お・・・おう」 会心の一撃。 見たこともない程の笑顔を見せるティアにルークは照れてしまう。 ティアはじっと指輪を見ていた。 大切な物となった指輪。 絶対に失くしたくなかった。 ふと思いつき、ティアは首からさげていたペンダントをとった。 鎖をはずし、指輪を通す。 そしてまたペンダントを首からさげる。 「指にはめないのか?」 「失くしたら困るもの。これなら絶対失くさないわ」 「そか・・・」 そこでティアはルークがまだ何か持っていることに気付き、何を持っているのか尋ねた。 「あぁ、これか」 ルークが左手で握り締めていた物は指輪だった。 それは、男物のシンプルなシルバーリング。 「そのティアの指輪を買った時、あの店の店主に勧められて買ったんだ。なんだかいわれのある縁起のいいものだって」 「いわれ?どんな?」 「・・・」 ルークは口ごもって答えてくれない。 なにか後ろめたいことでもあるのだろうか。 「それは・・・あの店主に聞いてくれ」 「あ、ルーク!」 そう言ってルークは走り去ってしまった。 「もぅ・・・」 なんだかその“いわれ”が気になってしまい、ティアは再びあの露店へ向かった。 「あぁ、あの坊やが買ったシルバーリング?」 「えぇ。一体どんないわれが?」 「縁結び」 「縁結び?」 楽しそうに笑う店主から出た“縁結び”という言葉。 ルークが・・・縁結び・・・ 心がむず痒い様な気分になる。 「あのシルバーリングを持って想い人にあるプレゼントをすると、結ばれるっていうものよ」 「あるプレゼント?」 「指輪よ」 そこでまた店主はニヤっと笑う。 ティアはいつの間にか顔を真っ赤にしていた。 一連のルークの行動の意味がわかったからだ。 気恥ずかしさと嬉しさが混ざりあって不思議な想いになる。 「お幸せに」 「あ・・・はい・・・」 親指を立てウインクする店主の言葉にティアは素直に返事をしてしまった。 なにも考えられなくなっていた。 ティアはゆっくりと店から離れていく。 夕暮れの赤と指輪の紅と同じくらい、赤い頬のまま。 ふと振り返る。 そこには先程まであったはずの露店は無く、あの人の良さそうな女性の店主も消えていた。 宿屋の自室に戻ったティアは、ペンダントの鎖から指輪を取り出す。 そして、左手の中指にはめようとする。 「・・・」 しかし一瞬躊躇って。 左手の薬指にはめてみた。 照れたルークの顔が浮かんでくる。 嬉しくて嬉しくて。 思わず少し泣きそうになってしまった。 END 2006年2月執筆 2008年3月修正 この時期に書いたものの中で、わりとお気に入りの作品だったりします。 ルークがティアにプレゼント…というお話を書きたかったんです。 予想外に後編とかできちゃいました。 そしてあの店主は何者なんでしょう?(笑 では、読んでくださった方、本当にありがとうございました! 2008年3月12日 |