互いが見える位置 ゼロスが見せたいものがあるって言って、あたしを小さな山に連れ出したんだ。 昨日の大雨が嘘のような青空。雲ひとつ見当たらない。 陽の光が強く輝き、湿った土を乾かしていく。 こんな晴れた日は、お弁当を持ってピクニック。しかし、今のしいなはとてもじゃないがピクニックなんて気分ではない。 隣で鼻歌まじりに軽快に歩くゼロスを見やり、ため息ひとつ。 「し〜いな〜♪」 突然、ミズホの里にやって来たぜロスは、何故か異様に楽しそうに見えた。 頭領としての仕事も板についてきたしいなは、その日の仕事を手早く終わらせ、家で一息ついていた。 そこに現れたゼロスは、何の前ぶれも無しに言った。 「ちょっと出かけるぞ」 しいなを引っ張り里の外へ出てから、「見せたいものがある」と、やっと用件を述べた。 特に断る理由も無かったしいなは、愚痴を並べながらもゼロスに付いて行った。 「はぁ〜。しいな〜ちょっと休憩しようぜ〜」 「あんたが見せたいものがあるって言って此処に来たんじゃないのかい。まったく、こんな程度の道でへばるなんて・・・」 ふたりが歩くは、緩やかな傾斜の道。坂だ。 「だってよ〜」 「文句たれるんじゃないよ」 ゼロスがしいなを連れてやって来たのは、名も知らぬ小さな山。 道は傾斜が緩やかな分、長い。しかし、横にそびえる崖はそれなりの高さがある。 山の3分の1程度を登っただけで、ゼロスは根をあげている。 そんなゼロスに、しいなはまたため息ひとつ。 「まったく、見せたいものって何なんだい?」 「ん?ひ・み・つ」 やっぱりと思いつつも、優しい何かを感じてしいなは微笑む。 いつだって自分達の間には、言葉が足らない分、違う「何か」がある。 それを、再確認した気分だった。 ゼロスは何を企んでいるのか、意気揚々。 しいなは、そんなゼロスを見て微笑む。 それが、油断を生んだ。 今は陽が出ているとは言え、雨が降った日の後の山。 当然、土は崩れる。パラパラと音をたて、小さな石が崖をつたり道に落ちる。 そして、ついには大きな岩が落ちる。 「!?・・・しいな!危ねぇ!!」 「え!?」 不穏な音に気付いたゼロスが、上を見上げ、しいなをかばったが先か。 それとも、大きな岩がふたりめがけて落ちてきたのが先か。 ともかく、ふたりはもろに岩の直撃を受けた。 下手をしていたら死んでいた。 しかし、今まで幾つもの戦いを超えてきたふたり。 こんな程度で死ぬことは無かった。 しかし、頭を強く打ったことは確かだった。 それが幸か不幸か。奇妙な現象を起こした。 「う・・・しいな、大丈夫か?・・・・・?」 体に乗った石をどかしながら、自らかばったしいなの安否を確かめようとするゼロス。 「あれ・・・?」 と、自分の体と声に違和感を覚える。 「え・・・?」 視界に自分の手を持ってくると、そこには細く白い、ひと目で女性のそれと分かる手。 首を曲げ下を向けば、またもやひと目で女性のものと分かる豊満な胸。 「えぇ・・・?」 と、声を出せば、いつもの聞き慣れた大切な女性のそれ。 全て、今一緒にいるはずの女性のものとすぐ分かる。 ハッと気付き、傍らに倒れている人を見やる。 そこには、自分が。ゼロスが倒れている。 「あれ?・・・俺様・・・しいなになってる!!??」 一言で言えば「入れかわり」だ。 どんな現象、どんな理屈でこんなことが起きたのかは、きっと永遠の謎。 混乱しつつも、自分がしいなになったことを必死に理解した(ほとんど暗示に近い)ゼロス。 きっと、自分の体に入っているのであろうしいなを揺すり、起こす。 「どうゆうことだい!?」 この不可解な現象についての説明を受けたしいなは、ゼロスの声で叫んだ。 「いやぁ、どうゆうも何も、こうゆうこと」 ゼロスはわりと落ち着きを取り戻していた。 不可解ながらも、愉快な現状を楽しもうとしていた。 「なんだってんだい・・・」 崩れ落ち、体育座りで沈み込む自分の姿がおかしくて、ゼロスは思わず笑ってしまう。 「何、笑ってんだい・・・」 「いや、おかしくて・・・」 「何もおかしいことなんかありゃしないよ」 「いや〜あるんだよな〜♪」 そう言って、ゼロスは再度、首を曲げ下を向く。 自分の体でなければ絶対に見ることのできないアングル。 「しいなの巨乳、見たいほ〜だ〜い♪」 「何やってんだい!!」 スパーーン すさまじい音をたて、ゼロスはいつもどうり殴られる。 しかし、痛みはいつもより2倍増し。 自分の顔を殴るという奇妙な行為をして、しいなは気付く。 「あんたの体で殴ると、いつもより威力があるねぇ♪」 「どぉりで・・・」 女の力よりも男の力の方が強いのは当たり前だ。 しかし、そんな些細な発見でもしいなは嬉しかった。 「俺様をいつもより派手に殴れてうれしい?」 「う〜ん・・・まぁ、それもあるサ」 含んだ言い方だったが、あえて追求しない。 それよりも、この状況の打開が優先。 もし、この状態で何かあったら・・・。 と、ゼロスが思案中、不幸に不幸は続いた。 ふたりの眼前に、中型のドラゴンのような魔物が現れた。 平穏を取り戻した世に、いまだしぶとく生き残る魔物はいた。 生命力の神秘。などと賞賛を送りたくはないが。 「くそっ!」と舌打ちをしたゼロスは、しいなから剣を受け取る暇はないとふみ、仕方なしに、見よう見まねでいつもしいながやるように符を構えた。 「ちょっ・・ゼロス、無茶だよ!」 「でも、戦うっきゃねーだろ!」 お互い、自らの声に叫ばれる違和感が拭えない。 魔物が牙を向ける。 ゼロスは、しいなのように上手くいかずとも、何とか戦おうと前に出た。 多少なら戦えるだろうと余裕をかましていた。 しかし、少しばかり反応が遅れた。 「ゼロスっ!!」 魔物の強い蹴りに、ゼロスは吹き飛ばされた。 そうして知る。しいなの体が、根本的に自分とは違う「女性の体」なのだと。 当たり前のことなのに。 自分の体なんかより、ずっと身軽でずっと細い。 守ってやらなくてはならない。と思う。 吹き飛ばされた自分の体の方を一瞥し、自分も戦わなくてはと思い、剣を構えるしいな。 ふぬけていたゼロスも、しいなのその姿を見、無茶だ、やめろと叫ぶ。 聞く耳持たずのしいなは、体勢を立て直し、こちらに迫ってくる魔物に向かい一歩出る。 だが、剣の扱いなど知るはずもない。 「うっ!」 魔物の鋭い爪を、剣で受け止めるので精一杯。 こんな時に思うのも何だけど、と思いつつしいなは知る。 いかにゼロスが強いのかと。 当たり前のことなのに。 体は、自分のそれとは異なり、ずっと大きくずっと固い。 身軽に動くことが制限される。 その分を、いつもカバーしてあげなくては、と思う。 「しいな!魔法を使え!」 「え!?」 「符術を使うのと同じ感覚でいい!」 「そんなこと言われても!」 「いいからやってみろ!」 少し離れた所から、自分の声で叫ぶゼロス。 魔法を使えと言われても。符術と同じと言われても。 魔物は痺れを切らしたか、しいなから距離を取り、体勢を整え始めた。 そこを好機と取り、しいなは悩むのを止め、精神を集中させた。 できる、大丈夫だと心の中で暗示する。 ふっ、と剣を握る手に人の手が重なる。 「ゼロス・・・」 「集中すんぞ!」 びしっと言われ、しいなは目を閉じ再び精神を集中させる。 重なる手から伝わる暖かさが心地よくて、集中するのが楽だった。 不安が消えるから。 魔物が、殺されまいと死力の限りで突っ込んでくる。 「今だ!」 ゼロスの声を合図に、魔物めがけて雷の矢を放つ。 威力はすさまじいもので、魔物は跡形も無く消え去った。 しかし、勝利の喜びに浸る暇は無かった。 放った雷が強すぎて、周辺の崖にも影響を及ぼしたのだ。 ガラガラと派手な音をたて、ゼロスとしいなに向かって大量の岩が落ちてきた。 ふたりの叫び声は、岩の音に飲み込まれた。 「いたた〜・・・」 「ったく、何で1日に2回も岩に・・・!?」 「あ!」 「「戻ったぁ〜!!」」 自分の口から自分の声が出ているのに気付き、そして、お互いの顔を見やり、体が元に戻ったのを知った。 どうして、また入れかわるという現象が起きたのかは、永遠の謎。 ただ、頭には大きなこぶができてたり。 不幸に不幸が続いただけ。 そう思うのが妥当か。 「いや〜ホント、良かったよ〜。痛っ!」 「おい、しいな大丈夫か!?・・・ワリィ、俺がさっき吹っ飛ばされた時にできた傷だな・・・」 「平気サ、このくらい」 ホッとしたしいなの顔がゆがんだ理由は、体にできた幾つかの傷。 しいなの体に入っていたゼロスが、先程の魔物に攻撃を受けた時にできた傷。 その傷を見て、ゼロスも顔をゆがめる。 自分の罪を見るかのような瞳を浮かべて。 「今、治すから」 「え、だから平気だって!」 「いーから、いーから」 大切な人に傷をつけたくないから。 ゼロスが魔法を唱え始めると、暖かい優しい光がしいなを包み、あっという間に傷を癒した。 「あ、ありがとうゼロス」 「どーいたしまして♪このお礼は〜・・・?」 いつものノリで軽いことを言おうとしたゼロスの口を止めたのは、明るく笑うしいなの顔。 「なんかいいことでもあったか?」 そう、訊くと 「いや、やっぱり、この位置がいいなって思ってサ」 「・・・あぁ。そうだな」 時はすでに夕暮れ。 やっとのことで山の頂上へと着いたふたり。 「さぁ〜ゼロス!見せたいものって何だい!?」 「まぁまぁ落ち着けって!ホレ、あっち見てみ」 ゼロスが指さした方向、背後を見るしいな。 ひろがるは朱の色に、それに映える海の青と大地の色。 茂る緑の色が目立つ。 遠くに見える街の灯が、朱に染まった空の下で輝き、まるで星。 見たことも無い絶景が、そこにあった。 「うっわぁ〜!」 「すっげぇだろ?」 「うん。うん!すごい!!」 この素晴らしさを言葉で表現できないしいなは、ひたすらに、笑みを浮かべてゼロスに答えた。 「この景色を、あたしに見せたかったのかい?」 「ん?・・・あぁ」 ゼロスは照れくさそうに続けた。 「この前、たまたま見つけて・・・そんで・・・」 「それで?」 「どうしても、お前に見せたくて・・・って何をらしくないこと言ってんだよ俺様は!?」 「フハハ!」 「おい!笑うなよ!」 おかしくて、嬉しかった。本当に嬉しかった。 これ以上の言葉は無い。いらない。 「何か散々な1日だったな〜」 「あたしはあの景色が見れて、結構満足だけど?」 「・・・まぁな」 「貴重な体験ができたって喜ぼうじゃないか!」 「・・・あ〜・・・もう1度しいなの体に入りたい!」 「どーせろくなこと考えてないだろ!」 「じょーだんよ、じょーだん♪2度と入りたくない」 何でかって、大切なお前を守れなくなるから。 なんて、絶対口にはしないけど。 帰り道は笑顔だった。 だって、貴重な体験をしたから。 互いの位置を再確認したから。 美しい景色を見れたから。 同じ想いでいたと感じるから。 「ゼロス」 「ん?」 「ありがとう」 「・・・どういたしまして」 お互いの位置は此処だから。 END 2005年11月執筆 2008年2月修正 修正といってもほとんどなにもしていませんね。 初めて書いた作品です。 恥ずかしくって穴があったらすぐさま駆け込みたいんですが、良い穴ご存じないですか? これは、私がゼロしいの神と崇拝したある方が「ゼロしい入れかわり」で漫画を書かれていたのを見て、私が「小説にします!」と言ってできたものなのです。 そしてその勢いで携帯サイトを作ってしまったわけです。 この作品が私の二次創作やサイトの原点なんです。だから恥ずかしくっても載せるのです。頑張れ自分。 それでは、読んでくださった方、本当にありがとうございました! 2008年2月13日 |