「おかえりなさい」


私は戦うことしか知らない
それは、生き延びるために必要で
それは、自分を表現できる唯一の方法で

でも、なんだか虚しくて

なら、私はどのようにして「私」を表現すればいいの?









「おかえりなさい」









「オズワルド様、朝ですよ」

グウェンドリンは、優しい声で夫へと声をかける。
朝、彼を起こすことが、グウェンドリンの最近の日課であり、密かな楽しみである。
以前はブロムの仕事であったのだが、グウェンドリンが自ら彼を起こしたいと申し出たのだ。

「グウェンドリン…おはよう」
「おはようございます」

いつもは整った顔を崩すことのない彼が、唯一緩んだ表情をするのが、朝であった。
目を擦り、眠気を振り払おうとする夫の様子が、なんだか愛しくてたまらない。

グウェンドリンは、随分と自分の感情に素直になることができるようになった。
最早包み隠すこともない。
自分は、この人が好きなのだと。





「モンスター?」
「えぇ…最近、この城の近くに寄ってくるようになって…」

朝食の後に、ミリスがポツリと語った。
近頃、古城近辺にモンスターが現れて、おちおち外に出られなくて困っているとのことである。

「それなら俺が追い払ってくるさ」

オズワルドはさも当然のようにそう言った。
ミリスは安心したのか、少しだけ表情を緩めた。

「私も行きます」

そして、グウェンドリンも当然のようにそう言った。
自分とて戦う力があるのだから、共に戦おうと思うのはごく自然のことと思えた。

しかし、オズワルドはやんわりと彼女の申し出を断った。

「君はここにいてくれればいい」
「な、何故ですか?私も共に参ります」

オズワルドの真っ直ぐすぎる瞳と相対しても、グウェンドリンは引き下がらない。
彼の力が強大なものであることは、よく知っている。
そこらのモンスターにやられてしまうわけなどない。

しかし、万が一のことがあったとしたら。

そうしたら…私はきっと…

「君には、ここを守っていて欲しいんだ」
「え?」

オズワルドは、ほんの少しだけ微笑みながらそう言った。
グウェンドリンは、きょとんとして、ただ彼の言葉の続きを待った。

「俺だけではなく、君までこの城を出てしまっては、誰がここを守るんだい?」

はた、と気付く。
そう、オズワルドとグウェンドリンが城から出てしまえば、後に残るのはミリスとブロムの二人だけ。
もし、そこへモンスターが入り込んできてしまったとしたら。

……

自分の考えの浅さを嘆いた。

「オズワルド様は、そこまでお考えだったのですね。ミリス達のことを…」
「いや…俺のわがままなんだ、本当は」

今度こそ、彼の言葉の真意がつかめなかった。
首を傾げると、彼はなんだか気恥ずかしそうに口を開いた。
ちなみにグウェンドリンは、最近、彼の小さな表情の変化をよく読みとれるようになったのである。
きっと、他の人では絶対にわからないような小さな変化まで。

「君は、俺の帰る場所なんだ」
「帰る…場所?」
「あぁ」

一瞬も目を逸らさずに、グウェンドリンは夫を見つめる。

「君がここにいてくれるから、俺は戦える。逆にいえば、君がここにいてくれなければ、俺は戦えない」
「オズワルド様…」
「君が君自身を守ることが、俺の想いをも守ることに繋がるんだ」
「……はい!」





戦うことしか知らなかった。
だから、彼と共に戦うことで、彼への想いを表せると思っていた。
それは、単純な勘違いで、他愛もない独りよがりだった。

私の想いを表現する方法は、いくらでもあるのではないだろうか

彼は、私自身を守れと言った。
そして、私が帰る場所なのだと言ってくれた。

つまり、私がここにいれば、彼は安心して帰ってくることができるということ
それならば、私の想いを表現する方法は、それしかない

オズワルド様の帰る場所を守ろう

ブロムから聞いたことがあった。
オズワルドが妖精の国でどのような生活をしていたのか。
彼を、育てたのはどのような人物であったのか。

そして、その育ての親が、彼になにをしたのかを。

オズワルドは、一度、信じていた帰る場所を失ったのだ。
大切な拠り所は、無くなってしまった。

しかし、自分が新たな拠り所となれるのなら。
これほど嬉しいことはない。

私だって、オズワルド様のために…

彼のため。
でも、自分のわがままなのかもしれない。
だって、彼の役に立てることが、なによりも幸せで。
自分の想いが、彼に伝わるように思えるから。

オズワルド様が帰ってきたら、ちゃんと言わなくては

胸に秘めた一つの言葉は、何よりも重く大切なものに思える。
その言葉に込めた想いは、彼に伝わるだろうか。
なんだかそわそわして、落ち着いていられなくなってきた。

はやく…あなたの笑顔が見たい

END

2008年4月執筆

初、古城夫婦小説。短い…。
ミリスはきっと、朝オズワルドを起こしたりするのは嫌がるかなと思ってブロムさんでした(笑
なんとも言えないテイストです。ノーコメントでいきたい、本当のところ。
グウェンドリンの気持ちを書いてみたかったのです。
オズワルドの言葉をもっとポエムにしてみたかったけれど、私の力では残念ながら無理です。無理無理。
そして、確実にWA2のアシュマリの影響を受けている自分がいます…(笑
2008年4月6日