未来の約束


未来の約束


「アリア」
「この度の遠征ご苦労さま、ブラッド」
「あぁ」

交わされる笑顔。
何十年と変わらぬ光景と、変わった心。

「団員達の調子はどう?」
「皆、大きな怪我もなく元気だよ」
「良かった…」
「…」

特に変化したのはアリア。
女神としての風格を残しつつ、その微笑みに相応しい優しさを持つようになった彼女。
遠征の成果よりも、まず団員達の調子を気にかけるようになった。
ブラッドはそんなアリアに対して、今まで以上に居心地の良さを感じていた。



少し昔…といっても、それは彼らにとってであり、一般的には随分昔といえる頃。
ブラッドとアリアの間の空気は、今とは比べられるものではなかった。
それが今ではどうだ。
なんと緩やかな気持ち。
心地良い空気。

ブラッドはゆっくりとアリアの隣へ腰を下ろす。

「…ありがとう」
「え?…急にどうしたの?」
「いや…」

口をついて出た「ありがとう」という言葉。
ブラッドも、何故唐突にそんなことを言ったのかわからない。
もちろんアリアはもっとわからない。

「今…アリアが居てくれて良かった…って思ったから」
「…それは…」

さらりとタラシのような発言をしたブラッドだが、その辺自覚はない。
アリアは少々しどろもどろになる。

「…私も同じよ。あなたが居てくれて良かったを思うわ」
「…」

沈黙がおりても、決して重苦しくはない。
戦いづめで心身ともに疲労しているブラッドにとって、この時間は安らぎに他ならない。

フィニーはどこかに遊びに行っているのか、姿は見えない。
ふたりきりの時間。


しかし、ふとその安らぎに乱れがあると感じたアリア。
周囲に人がいるのかと思ったが違う。
何か、もっと近く。

「…」

これは…

非常に近くの、かすかな乱れ。
それはブラッドに起きているのだと、アリアは感づいた。
さっと彼の前に座り、真っ直ぐに顔を見る。

「ア、アリア?」
「ブラッド、あなた…!」

アリアは手を伸ばし、掌をブラッドに額へ当てる。
熱い。
そして、彼は巧妙に隠してはいるが、息が乱れている。
透けるように白いその肌は、ほんのりと赤い。
普通は気づかないかもしれないが、何十年と共に居たアリアにとって、ブラッドのかすかな調子の崩れさえも見抜くことが可能だった。

「風邪…ですね」
「いや、大丈夫だって」

実際ブラッドは大丈夫だろうと高をくくっていた。
少し熱がある程度で、すぐに治るだろうと考えた。
しかし。

「大丈夫じゃないわ」
「え…」
「団長であるあなたが、もしもの時に倒れでもしたら一体どうするの?」

アリアは真剣な顔で、しかしその奥には心配や不安といった色を見せながら説いてきた。

「あなたは…いつも団員や街の人々の心配ばかりして…」
「それは当たり前だろ」
「そうだけれど…あなたはもっと、自分のことも気にかける必要があるわ」

自分よりも他人を優先。
ブラッドは昔からそうだった。
団員や街の人々を守るためなら、どんなに自分が傷付くことも厭わない。
アリアは、そんなブラッドを好いているが、その分だけ心配になる。

「とりあえず、少し休むこと」
「だが…」
「あなたの体調が万全になるまで、遠征には行かせないわ」
「…わかったよ」

女神の言うことは絶対。
すごすごと、ブラッドは騎士団の本拠地へと戻っていった。


「あいつ、本当にとろい奴ですね〜アリアさま」

どこから現れたのか、そしてどこから見ていたのか、フィニーが唐突にアリアの横へやってきた。

「ふふ…そうね」

自分のことには疎いのよね…

「それに、アリアさまの気持ちも考えやしない」
「フィニー」
「ごめんなさぁい」
「ふふ…」





「もう良くなったの?」
「あぁ、おかげさまで」

数日後、ブラッドはとても晴れやかな顔をしてアリアの前に現れた。
すっかり風邪は治ったようで、好調といった感じ。

「団員達が手厚く看病してくれたさ」
「ふふ…」

騎士団の面々は、ブラッドが風邪だと聞くやいなや、戦闘と時並に迅速に、そして完璧な団結でブラッドの看病をした。

「団員達があなたを慕っている証拠よ」
「そうかな」
「そうよ」

やはり自分のことには疎いというのは明白なブラッド。
アリアはひとつため息。

「ブラッド。あなた、もう少し自分のことに関心を持ったらどう?」
「え…」
「例えば…そうね。これから先の自分のこと。この戦いが終わったら…とか」
「これから先…か」

ブラッドは思案するように少し俯き、う〜んと唸りだす。
答えを待つアリアは、いつになく心が浮き立つのを感じていた。

「そう…だな。この戦いが終わったら…アリアと」
「私と?」
「あぁ。アリアとふたりで…どこかへ出かけたいな」
「・・・」

ブラッドは決して冗談を言っているようではなく、至って真剣。
遠く先の明日を眺めるような目に、緩やかな微笑み。

「・・・そうね」
「綺麗な景色とかを見たいな」
「・・・えぇ」
「あと、美味しい食べ物食って」
「・・・えぇ」

幸せな未来を思い浮かべるブラッドは、子供のよう。

「とりあえず、ずっとアリアと居られたらいいな」
「・・・・・・!」

やはり、さらりとタラシ発言をするこの男。
彼にとっては自然体なだけで、特に他意はない。
・・・わかってはいても、それはそれで恥ずかしくなる。

「・・・」

アリアは返事をすることができなかった。
しかし、ふたりの間では確実に何かが繋がっている。

「・・・約束よ」
「あぁ、約束だ」

ひと呼吸おいて、「約束」の約束。
ふたりいつまでも、共に居られたらいいと。
このひと時は、数年先の災厄も忘れて。

ただ願うのみ。

END

2006年9月執筆
2008年3月修正

きっと1090年頃はもう仲良しですよね。
このゲームは良作だと思いますが、あまり知名度は高くない気が…ぐすん。
あぁ、またやりたくなってきたなぁ…。
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月14日