幸福追求論 「・・・それ以来、その女の人は夜な夜なキレイな女の人の足を求めて、大きな鎌を持って街を徘徊してるとか・・・」 「まぁ!」 「どう?ケテルブルクに伝わる怪談話だって!ネフリーさんが教えてくれたんだ〜」 「とても面白かったですわ」 「・・・」 「ティア?」 「え?え・・・えぇ楽しいわね」 「・・・」 雪舞うケテルブルクのホテルの一室。 夜も更けてきた頃に、怪談話をしようと言い出したのはアニスだった。 その類の話に興味津々なナタリアは、すぐにアニスに賛同した。 ティアは何としても止めさせようとしたが、自分が怪談話が苦手だと悟られるのが癪だった。 そのため、アニスの申し出を拒否しきれなかった。 アニスがはじめた話は、ここケテルブルクに伝わる悲恋から起こる幽霊のお話。 「よ〜し、この調子でもうひとつ話してあげる!」 「あら、どんどん話してくださいな」 「・・・」 まだあるらしい。 正直、先程の話だって恐くて聞いていられなかったというのにまだ続くのか。 「あ、私ちょっと外に出てくるわ!」 「ティア?もう外は暗いですわよ」 「ちょっと・・・雪が見たくて・・・」 「窓から見ればいいじゃん」 鋭くつっこみを入れてくるふたりを何とかかわそうとティアは必死になる。 もうこれ以上ここには居られないと悟り、何としても外へ出たかった。 「と、ともかくちょっと出てくるから!」 結局、無理やりに部屋を出た。 もっともらしい言い訳をしたかったが致し方ない。 夜は完全に更けていた。 暗闇に月の光が強く輝く。 降ってくる雪も、既に積もって地にある雪も銀に光る。 「キレイ・・・」 ティアはホテルを出てすぐのベンチのある所へ向かった。 そこには屋根があるため、降り続ける雪をかぶらなくてすむ。 美しい銀世界に心奪われ、ティアは先程の怪談話を一瞬だが忘れることができた。 しかし、背後から雪を踏む人の足音がした瞬間に、唐突に恐怖が押し寄せてきた。 『夜な夜なキレイな女の人の足を求めて大きな鎌を持って・・・』 アニスの話を思い出している間にも、ザクッザクッという足音が耳に入り込んでくる。 恐くない、恐くない! ティアは心の中で必死に恐怖を抑えようとする。 そして、ぎゅっと目を閉じる。 「ティア?」 「え?」 耳に飛び込んだ声は、随分聞きなれた声。 振り返れば目に入るは暗闇に浮かぶ赤。 「ルー・・・ク・・・」 「なにやってんだよこんなとこで」 ティアを呼んだのはルークだった。 彼の姿を見てティアは安堵した。 幽霊ではなかったという安心感と、別の暖かいような感情があった。 ティアはホッとしてベンチに腰掛けた。 ルークはティアの目の前で立ったまま。 「ちょっと・・・雪を見に来たのよ」 「俺もだ」 「そう・・・」 実際はアニスの怪談話から逃れるためだったのだが。 ルークにならば本当のところを言っても良いかなと思えたがやはり止めた。 「でもさ、アニスとナタリアは部屋で怪談話だかしてるらしいけど」 「え、あ・・・そうよ。なんで知ってるの?」 「夕方アニスが言ってた。つーか、ティアは話聞かないのか?」 「あ・・・ひとつ、話が終わったから・・・」 「どんな話?」 なんとか話がそれてくれた。 だが、ルークが怪談話に興味を示してしまったのは誤算である。 ルークは話をしてくれと言うが、ティアは恐くてあまりちゃんとアニスの話を聞いていなかった。 ただ、覚えている限りであらすじだけ話す。 それは、報われぬ恋から生まれた悲劇。 足に大きな火傷を負った女性が、恋が報われずその原因は自分の醜い足だと思い込んだ。 死してなお、女性は愛する男を想い美しい女性の足を自分の物にしようと徘徊しているという。 確かこんな話だったわよね・・・ ティアは大まかなところだけしか覚えていなかった。 なにしろ恐くて上の空だったのだから仕方ない。 「へ〜・・・なんだか悲しい話だな・・・」 「ルーク?」 「だって、その女の人、ずっとひとりの男を想って・・・」 「・・・そうね」 ルークの発言により、ティアは自分を恥じた。 この話をただ恐い怪談話と思っていた。 だが、この話は一途な恋の話でもあるのだ。 「ずっと・・・ひとりだけを想い続けて・・・」 叶わぬ恋。 ティアの胸に鈍い痛みが走る。 ちらりとルークを盗み見る。 ルークは真っ直ぐな瞳をして空を仰ぐ。 その姿に、不安や恐怖は見受けられなかった。 ティアはそれが非常に嬉しかった。 彼はまだ傍に居てくれる。 そんな気がするから。 自然と微笑んでしまう。 「ティア?なんか嬉しいことでもあったのか?」 「な、なんでもないわ!」 図星をつかれ、思わず焦ってしまうティア。 勢いでベンチから腰を上げ立ち上がる。 その瞬間。 ぐいと腕を引かれたと思えば、次の瞬間にはティアはルークに抱きしめられていた。 優しい力で羽交い絞めにされる。 「ティアあったけ〜」 「ちょ!ルーク!?」 突然の抱擁に驚きを隠せるわけがないティア。 ルークは妙に落ち着いている。 ふっと風がよぎれば、次に起きたことは突然の口付け。 「ん!?」 ルークの唇によってふさがれたティアのそれ。 「・・・ん・・・ふぁ・・・!」 それは、今まで味わったことのないものだった。 ルークの右手はティアの腰に回され、左手で頭を支えられる。 それはまさしく貪るという行為だった。 ルークの舌がティアのそれを絡めていく。 とてもとても深いキス。 逃げようとしてもルークはそれを許さない。 しかし、ティアにはそれは決してやましいことの様に思えなくて不思議だった。 私・・・おかしいのかしら・・・ 何度か唇を放すも、すぐに再開される口付け。 ティアの思考は完全に溶けてしまっていた。 数十分に思われたその行為が終了した時、ティアはぐったりとして、ルークはとても満足そうな顔をしていた。 「もう・・・突然なにするのよ・・・」 息も絶え絶えにティアはルークに尋ねる。 ルークはティアを抱きしめたまま答えた。 「ティアがあんまり幸せそうに見えたから分けてもらおうと思って」 「・・・・・・は?」 ルークは再び満足そうに笑う。 それこそ無邪気な子供のように。(いや、子供なのだろうが) ティアは呆れたが嬉しくもあった。 先程よぎった、彼はまだ自分の傍に居てくれるという思いは確信になったからだ。 ティアは笑顔のままため息をひとつつき、そして少し背伸びをしてルークにキスをした。 それは、先程のものに比べるとなんとも素っ気無いものだった。 ただ、お互いの存在を確かめるには十分だった。 ルークは強くティアを抱きしめた。 その後、「キスで人と幸せを分け合える」などと、嘘のような本当のようなことをルークに教えたのはジェイドだとティアは知った。 ティアはルークにこれ以上ジェイドの言葉を鵜呑みにしないように進言しておいた。 無邪気に笑うルークに期待はできそうもなかったが。 END 2006年2月執筆 2008年3月修正 え〜と…ルクティア甘々のリクエスト…だったと思います。 この頃から自分に甘い小説は無理なんだと悟り始めます(笑 なんというか…パターン化してしまうんです…。 では、読んでくださった方、本当にありがとうございました! 2008年3月12日 |