言の葉の苑


「イタタタ・・・リース、大丈夫?」
「あ、はい、なんとか」

美しい夕暮れの空が頭上に映える暗がりの森。
色んな意味で雰囲気満点の状況下にふたりっきり。
だが、今はとてもそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。

「うっひゃ〜けっこう落ちたな」
「すみませんホークアイ・・・私のせいで」
「いいって、リースのせいじゃないヨ」
「・・・すみません」
「・・・・・・」









言の葉の苑









ことの始まりは、天かける道を降る途中で起こった。

「この辺りは足場が不安定ですから、気をつけて下さい」
「だ〜いじょーぶでちよ!シャルロットはこのくらいへーきでち!」
「そう言う奴が一番危なっかしいんだよ」
「なんでちか!ホークアイしゃん!?」
「いんや別に」

高山を這うこの山道は、非常に危険な場所である。
一歩足を踏み違えればとんでもないことになる。
それは、この地で育ったリースが一番理解していた。

けれど、この瞬間、一番注意を怠ったのもリースだった。

「!?」

足に違和感を感じた。
地盤が少し緩んでいる所を踏んでしまったのだと理解し、瞬時にその場から離れようとする。

しかし、ほんの少し遅かった。

「リース!!」
「リースしゃん!!」

リースの足元の地面が崩れ、そのままリースの体も傾く。

そして、リースは砕けた石を共に落下する。
落ちる瞬間にホークアイが飛び、自分の体を抱きとめてくれたことを理解しながら。

リースとホークアイの名を叫ぶシャルロットの声が段々離れるのを耳にしながら、2人はまっさかさまに重力に引っ張られ、あっという間に落ちていった。





幸い、比較的すでに低い場所まで降っていたことと、森に落ちたことで、身体へのダメージは最小限に抑えられた。
というか、流石に大砲で移動しているだけのことはある、とも言える。

「リース、立てる?」
「あ、はい・・・・・・ッ!?」

ホークアイがさし出してくれた手を取り立とうとした瞬間、右足首に鈍い痛みが走った。
リースは立てずに、その場にうずくまる。

「どこか痛めたのか?」
「あ、いえ、このくらい大丈夫です」
「・・・・・・」

うっすらと汗を浮かべながら苦笑いで答えるリース。
右手で足首に触れてみると、やはり痛みがある。

ホークアイは、そのリースの動きを見逃さなかった。

「ごめん!」
「え?」

問う暇も与えず、ホークアイはリースの右足の靴を脱がせた。
突然のことにリースは抵抗する間も無かった。

露になった右足首は赤く腫れ、いかにも痛々しい。

「捻挫・・・だな。落ちた時にくじいたかな」
「大丈夫ですこのくらい。早くシャルロットの所へ戻りましょう」
「立てないのに無理言わない」
「・・・・・・」

全てを見透かしたように小さな笑みを浮かべるホークアイに制止され、ついには言葉も出せなくなる。

「すみません・・・」

たった一言、謝罪を述べるのが精一杯だった。
ホークアイは少し困ったような顔をし、リースに背を向けた。

「・・・?」
「俺の背中に乗りな、リース」
「え、でも・・・」
「いいから」
「・・・すみません」

ホークアイの言葉は、どこか有無を言わせぬ空気を纏っていた。
言われるがままに、リースはホークアイの背に乗る。

ホークアイ・・・怒って・・・いるのかな?
そうよね・・・ただでさえ先を急がなくてはならない旅なのに、私のせいで・・・

見た目よりもずっと広く大きいホークアイの背中に身を預けながら、リースはどんどんと暗い気持ちになっていた。

私が、もっとしっかりしていれば・・・

嫌なことばかり浮かんできて、次第に泣きたくなってきた。

泣かないって・・・決めたのに・・・

「リース、ひとつ聞いていい?」
「あ、はい。何ですか?」

突然声をかけられハッとする。

「リースはさ、何でそんなに「すみません」ってばっかり言うんだ?」
「・・・え」
「自覚ない?」
「・・・・・・はい」

表情は見えずとも、ホークアイが困ったように笑うのがわかった。

・・・言われて気付いたけれど・・・確かに、私は・・・

すでに先程から、何度「すみません」と言ったかわからない。
ただその言葉は、他のなによりも先に出てしまう。

簡単な謝罪の言葉を述べるだけで、その場をしのいで逃げようとしているのかもしれない。

私・・・

「リースはさ、全部自分のせいだと思って、抱え込んじゃうんだな」
「・・・そう・・・でしょうか」

私は・・・逃げているのかもしれない・・・

「「すみません」って言うとさ、いい気分にはならないよな」
「・・・はい」
「言われた方だって同じさ」
「・・・え?」
「「すみません」って言った方も、言われた方も嬉しくはないんだ」
「・・・・・・そうですね」

ホークアイの言っていることは正しいと思った。
ついさっきだって、自分の気持ちが暗く沈んでいったことを、リースはよく知っている。
それは、あの短い言葉が原因だというのか。
そして、彼の言葉の通りなら、それは自分だけではない。

ホークアイは優しく微笑んだ。

「じゃあさ、リースに問題」
「え、あ・・・はい」
「「すみません」じゃなくてサ、同じ場面で使えるんだけど、自分も相手も嬉しくなる言葉はなんでしょう?」
「・・・・・・?」

はっきり言って全くわからない。

自分も相手も嬉しくなる言葉・・・?
そんな魔法みたいな言葉なんて・・・

「わからない?」
「・・・はい」
「じゃ、宿題だな」

気付くと、前方から猛然と走ってくるシャルロットがいた。





「心配したでちよ〜ふたりとも〜ッ!!」
「悪かったって」

ホークアイは、リースをそっと降ろし座らせてから、シャルロットをなだめにかかった。
ポカポカとホークアイの体を叩くシャルロットの目には涙が浮かんでいて、よほど寂しかったことがわかる。

「ケガはないでちか?」
「俺は大丈夫サ。リースを見てやってくれ、足に怪我してるんだ」
「おやすいごよーでち!」

駆け寄ってきたシャルロットは、リースの傷を見やり、早速魔法を唱える。
優しい光に包まれ、あっという間にリースの傷は消え去った。

「これでもうだいじょーぶでち!」
「シャルロット、すみませ・・・」
「?」

私・・・また・・・

先程言われたばかりだと言うのに、また同じ言葉を繰り返すところだった。

自分も相手も嬉しくなる言葉・・・
まだ・・・よくわからないけれど・・・

きょとんとしたシャルロットの顔を見て。

「シャルロット・・・」
「な、なんでちか?」
「・・・ありがとう」
「どーいたしまして、でち!」

リースの言葉に、シャルロットは満面の笑顔で答えた。

そっか・・・

リースも自然と微笑む。
たったそれだけのことなのに、何故か心が満たされる気がして、幸せな想いがつのってくる。
そんなリースの様子を、ホークアイも嬉しそうに見ていた。





「シャルロット、ホークアイが何処に行ったか知っていますか?」
「夜風にあたってくるとか・・・なんとか・・・でち・・・」

夜になり、リースは宿でホークアイと話しをしようと思ったが、彼はどこかに行ってしまっていた。
疲れてしまっているのか、既に眠たそうなシャルロットに行方を尋ね、探しに行くことにする。

「シャルロットはもう寝ていて下さい」
「そうでちね・・・おことばに甘えるでち〜・・・」

ぱたっと布団に倒れたシャルロットは、夢に世界へ直行した。
お休みなさいと告げてから、リースは宿を出た。





「・・・ホークアイ」
「ん?リースはまだ寝ないの?」
「はい・・・あなたと話がしたくて」

ホークアイは宿の割と近くで星を眺めていた。
最初は何となく声をかけるのを躊躇ったが、それでは何のために彼を探しに来たのかわからない。
何となく気恥ずかしくて顔を合わせられず、彼の横に並んで立つ。

「宿題の答え、わかったみたいだね」
「はい」
「俺の言った通りだったでしょ?」
「はい・・・本当は、そんな魔法みたいな言葉は無いんじゃないかって思ったんですけど・・・」

今でも魔法のような言葉だと思っている。
でもそれは、誰でも紡げる言葉で、とても大切なもの。

今、それを伝えたいのは・・・

「ホークアイ・・・」
「ん?」

ホークアイの方を向いて、目を合わせて。

「・・・ありがとうございます」

満ちる幸福感によるリースの笑顔は、ホークアイの意表をつき、一瞬二の句が継げなくなる。
それだけ、リースの笑顔は美しかった。

「・・・どういたしまして。キミのそんな笑顔が見れるなら安いもんサ」
「え・・・」

何だか心底嬉しそうに言うホークアイに微笑まれ、リースは顔が熱くなるのがわかった。
急にいても立ってもいられなくなり、先に宿に戻るとそそくさと告げて、小走りにその場を後にしようとする。

「リース」
「あ、はい」

一刻も早く逃げたいところだが、呼び止められ振り返る。

「おやすみ」
「は・・・はい・・・ホークアイも、早く寝て下さいね」

今度こそ走って宿に帰った。





まだ顔が熱い。

多分それは、また別の魔法の言葉と、彼の笑顔のせい。
また違った幸福感があり、胸が一杯になる。

もう一度、彼に「ありがとう」と伝えたくなった。

END

2007年11月執筆

初書きホークリです!!楽しかった・・・ッ!
リースはどうしても少し悲観的なところがあると思うので、そこをホークになんとかしてもらおうと思いまして・・・って感じです。
でもきっと、ホークの言ってることとかってイーグルの受け売りとかって気もします(笑)
では、読んで下さった方、本当にありがとうございました!
2008年3月14日