わがままな家族


大切な人が傷ついた時、思う
私は無力なんだと
守りたいのに
皆、守りたいのに

これはわがままなんでしょうか?









わがままな家族









「ねぇみんな、今日の晩御飯なにがいい?」

鬱蒼と生い茂る木々の道を行くなか、唐突にスカーレルが切り出した。
今日の食事当番が彼であったことを全員が承知してから、自分が食べたいものを考え始めた。

「う〜ん…今日はいっぱい働いたからお肉とかがいいな〜」

と、ソノラ。
今日は、遺跡近くの森に現れたはぐれ召喚獣が人に危害を加えていると聞きつけ、護人達と討伐へと向かったのであった。
さほど苦労はしなかったものの、体力は消耗した。
早く帰ってご飯にしましょうということだ。

「とりあえず、お腹いっぱい食べれればなんでもいい気分です」
「キューピピッ!」
「う〜ん…そう言われるのが一番悩むのよねぇ」

正直、皆アリーぜの意見に賛成だったりするのだが、食事を作る側としては満足のいく回答にはならない。

「私はナウバの実があればいいかなぁ…なんて」
「お前…本当に好きだな」

それしか頭にないのか、アティは自分の好物の名をあげる。
ため息混じりに感心するカイル。
ナウバは栄養があるから疲れた体にはとても良いと、ナウバ講義を始めるアティはもはや誰にも止められない。

その時。

「ッ!?」
「どうしたのヤード?」

不意にヤードが立ち止まり、周囲に眼を走らせる。
すぐにスカーレルも状況を把握し、警戒心をむき出しにする。

「キュピピ、ピー!」
「何か来ます!」

叫んだヤードの声を合図にしたかのように、多くのはぐれ召喚獣が一斉に姿を現した。
不覚にも囲まれてしまっていた。
召喚獣達はすでにいきり立っていて、今にも襲いかかってくるような雰囲気である。
すぐにアティがアリーゼの傍に向かい、さらに二人を守るようにカイルが前へ出る。

「あ〜もう、なんなのよ!こっちは疲れてるってのに!」
「文句言わないの、ソノラ」
「先程倒してきたはぐれ召喚獣の仲間…でしょうか」

ヤードの冷静な分析など知る由もない召喚獣達は、さっそくその牙をむき出し向かってきた。
飛びかかってきたものをソノラが撃ち落とし、ヤードを狙ったものをスカーレルが斬り倒す。
召喚術を唱えるアティを守りながら、カイルは次々を敵をなぎ倒す。
しかし。

「き、きりがないです…」
「キュピピ〜…」
「くそ…どっから湧いてきやがるんだ」

はぐれ召喚獣達の数は一向に減らず、こちらの疲労ばかりが溜まっていく。
これ以上長期戦になってはいけないと、アティは派手な召喚術で敵の一掃を狙い、詠唱に入ろうとした。

しかし、アリーゼの背後に敵が迫っているのを目にし、詠唱を中断してしまう。

「アリーゼ!!」
「先生ッ!?」

アリーゼをかばい、アティは敵の攻撃をもろにくらってしまった。
すぐにその敵をカイルが倒すが、そこにはまだ沢山のはぐれ達が待ち構えていた。

「おいおい、こりゃねぇだろうよ」
「カ、カイルさん…」

気付くと、カイルとアティは仲間たちから遠く引き離され、敵に囲まれてしまっていた。

「こうなったら…私が抜剣してッ!」
「ダメだ!その前にその傷を治せ!」
「でもッ!」

二人の言い合いなどお構いなしに、敵は容赦なく襲いかかってきた。





敵が全て片付いた時には二人とも満身創痍であった。

「終わった…う…」
「アティ!」

ドサッとその場に倒れこんだアティを、カイルは急いで抱き起こす。
彼女は意識を失っていた。

くそ…やっぱ、無茶させすぎたか

抜剣をしていれば、アティがこれほど傷を負うこともなかったかもしれない。
だが、あれほど強く頼りになる力に、最近は言い知れぬ畏怖を感じてしまう。
彼女が碧の剣を扱い、敵をなぎ倒していく度に、彼女の存在が遠くなっていくように感じてしまう。

いや…今はそんなこと考えてる場合じゃねぇな

自分も体中に傷をこさえてしまい、動ける状態ではない。
特に右腕の出血がひどく、アティを抱えているのが正直つらい。
それでも、彼女を抱きかかえたままカイルはしばらくその場に留まることにする。
仲間達からはすっかりはぐれてしまい、薄暗い森の中で二人きりになってしまった。





「カ…カイルさ…?」
「おぅ。目ぇ覚めたか?」

アティが目を覚ました頃には、カイルは体中の痛みに慣れてきていた。

「わた…し…ッ!?」

アティはカイルの体中の血を見やり、顔色を変えた。

「カイルさん、ひどい傷…今、手当を!」
「おい、アティ…」

自分だって人のことを言えない程、痛々しい傷を負っているにも関わらずアティは人の心配をして、その表情を歪めている。
それが彼女なんだとわかってはいるものの、もうすこしぐらい己の身を案じる必要性があるように思う。

「……ダメ…もう召喚する力が出ない」
「いいって、無理すんな」
「でも…」

治療のための召喚獣を呼び出すことができなかったアティは唇を噛み締める。
彼女は今にも泣き出してしまいそうで、カイルは些かぎょっとする。

「なぁ…アティ」
「は、はい」
「お前はどうしていつもそうなんだ?」
「え…?」

唐突な質問に、アティは戸惑いを隠せない。

「いつも他人の心配ばかりでよぉ…」

それは彼女の長所でもあり、短所でもある。
そんな彼女が好きなんだとわかっている。
だからこそ守りたいとも思う。

でも、お前をそこまで突き動かすものはなんだ?

「家族…」
「?」

ぽつりと呟かれた言葉は、風に持って行かれそうな程弱々しかった。

「私…両親を早くに亡くして」
「……」
「でも、村の皆が大きな家族だったんです。いつも優しくしてくれて、時には厳しくて…大好きなんです」

少し遠くを見ているような表情で語るアティを、カイルはただ黙って見ている。

「今は…アリーゼ…カイルさんにソノラ、スカーレルにヤードさん。島の皆が、私の家族なんです」
「家族…」
「はい。家族を守りたいって思うのは当然じゃありませんか?」

アティは強く言い切った。
表情は、いつもの笑顔。

家族を守りたいって思うのは当然…か

「わかるぜ、その気持ち」
「カイルさん…」
「だがな、お前はひとつ大事なことを忘れてる」
「?」

カイルはそっとアティの頬に手を添える。
疲れて冷え切っているのが、手袋越しでもわかる。

「お前も、その家族のひとりなんだ」
「え…?あ…」
「お前も、守られて当然なんだ」

ひとりで家族全員守るつもりか?
どんだけ大所帯の家族だと思ってんだよ

「ああぁー!!いたああ!!」

静寂を切り裂く大声に、カイルとアティは目を丸くした。
声のした方を向けば、怒り奮闘といった表情のソノラがいた。
その後ろから、スカーレル達も顔を出す。

「せんせええ!!」

アリーゼが涙を流しながらアティに飛びついた。
腫れぼったくなった目を見るに、相当泣いたのがわかる。

「もう、心配したんだからねぇ」
「怪我の治療をしましょう」
「あ、私より、カイルさんを先に」
「センセが先よ。カイルならちょっとくらい放っておいても大丈夫よ」

スカーレルの言い方には少々不満があったが、自分よりもアティの治療を優先するのはカイルも望むことだ。
戸惑い気味にヤードの召喚獣での治療を受けるアティは、申し訳ないといった表情をしている。

「先生が…私のことをかばってくれたのは嬉しかったけど…私のせいで先生が傷つくのは嫌…」
「アリーゼ…」
「だから…お願い…あんな無茶しないで下さい」
「……」
「私だって先生を守りたいんです」

アリーゼのその言葉に、ソノラ達も頷いた。
カイルは微笑むだけ。

「アリーゼ……ありがとう」





「な?わかったろ」
「…はい」

その日の夜、気持ちの良い冷たい風を浴びながら、カイルとアティは甲板で反省会。
ヤードの召喚獣の治療のおかげで戦いの傷は癒えた。
カイルが今日しなければならない最後の仕事は、アティに家族のなんたるかを教えること。

しかし、もうアティは十分身にしみている様子で、カイルは安心した。

アリーゼのおかげだな

「家族…ですもんね。助け合わなきゃ…駄目ですよね」
「頼ったり頼られたりって関係が、家族なんだな」
「はい」

アティの横顔は、とても晴れ晴れとしたものである。
それは、家族の暖かさを噛み締めるような穏やかな表情。

「なんか、お母さんだな」
「え?」

フッと笑いながら、カイルはそう言った。
自分が思う、今のアティそのものである。

「だってよ、家族なんだろ?それじゃあ、お前が皆のお母さんだな」
「ま、まだお母さんなんて歳じゃありません!」
「ッハッハッハ!」

確かに、むう、と言ってふくれっ面をする彼女には、母親という言葉は似つかわしくないかもしれない。

しかし、家族を想う心や、その笑顔が周囲に与える影響力は、まさしく一家の中心を担う「母親」のものだ、とカイルは思う。
島の家族達も、きっとわかっているはずである。
今や彼女の笑顔なくして、この穏やかな空気は作られないのだと。

「…じゃあ、カイルさんがお父さん!」
「はぁ?」
「お母さんからの指名です!ちゃんと大黒柱になって下さい!」

妙に真剣な顔のアティがおかしくて、カイルは思わず再び笑い出してしまいそうになったが、きっと怒られるだろうと思い耐えた。

お父さん…か

悪くないかなと思えた。

「しっかし…こんな大所帯の家族なんて、俺にはまとめられる自信ねぇよ」
「いきなり諦めるなんて駄目です!しっかりして下さいよお父さん」

そうしていつもの笑顔に戻った彼女は、心底幸せそうに見えた。
少しぐらい分けて欲しいもんだと思い、何がそんなに嬉しいのか尋ねてみた。

「えと…その…」

何故か少し気恥ずかしそうに彼女は目線を逸らした。
でも、やはり幸せそうに微笑んだまま。

「ずっと…カイルさんとこんな風に家族のままでいられたらいいな…って思って」

率直で。

正直、そのまま勢いにまかせて彼女を思いっきり抱きしめてしまいたかったが、なけなしの理性がそれを圧し止めた。

「皆と、いつまでも一緒にいられたら、どんなに幸せでしょう」

……結局、「皆」か

思わずため息が漏れてしまいそうだった。
でも、皆のことを想う彼女が好きなのだから仕方がない、と自分自身に苦笑いのカイル。

それでも

「皆」のことを想う彼女の、ただ唯一のひとりになりたいと思ってしまう。
彼女を守るのは、自分ひとりの役目であってほしいと思ってしまう。

これは、わがままか?

とりあえずは「皆のお父さん」という立場で、彼女の一番傍に居座ってやろうと思う。

END

2008年3月執筆

今時カイアティ大好きでホントごめんなさい。大好きです。
カイアティでEDやったらもう満足で…というか、カイアティ好きすぎて他のカップリングできない…orz
レックス先生でやれっていう話ですね。
ちょっぴり天然さんなアティ先生と、それに振り回されつつも楽しんでるカイルさん、という感じが理想でしょうか(笑
だいすっき!
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月21日