ふたりで


ふたりで


「アリア様だってもう女神じゃないんだよ!わかるか?普通の女の子なんだ!泣かせたら僕が承知しない!」
「…泣かせないよ。約束する」
「…まかせたぞ。アリア様と幸せになれよ!」

男の約束を交わしたあの日。
あの日から、新しい時代が始まった。

不老不死だった男も。
女神だった女も。

今やただの人間。
限りある命を持つ。

「アリア…お前もついてきてくれないか?」
「え…」
「これからは、限られた一日、限られた出逢いを大切にして生きていこう。俺と一緒に!」
「ありがとう…ブラッド」

あらゆるものは通り過ぎる。
その中で、精一杯生きていこう。


ふたりで。





そう言って、ブラッドとアリアがふたりでマリスベイの村で暮らし始めて数週間。

小さな家だが、日当たりも良く風通しも良く、非常に住み心地が良い。
ふたりで暮らすには十分すぎるくらい。

毎朝が気持ちよく、新たな想いで目覚められる。
しかし、平和ボケしたブラッドは朝に弱い。

「ブラッド!いい加減起きて!」
「うう…あと五分寝かせてくれ…」
「もう」

元女神としての几帳面さを無くす事のないアリアは、朝も規律正しく起床する。
そんなところも彼女の長所だが、朝がつらいブラッドには少々酷。
しかし、起きなければ後が怖いので、仕方なく目を開けるのだ。
こんな時、ブラッドは眠くてしょうがないのだが、幸せだと感じる。

やってきた新しい日を、また新たな想いで過ごせる。
今までは絶対に感じ得なかった幸福な感情。
それを、大切な人と共に感じることができるなんて、自分はなんて幸せなんだろうと思う。
たとえ、限られた命であろうとも。


しかしこの日、その穏やかな日々に少しだけ変化が起きる。
否、少しではなくかなりの。

「今日の昼食は私が作るわ」
「え…」

パンなどを並べただけの簡易な朝食を囲みながら、幸せを噛み締めていたブラッドに対し、アリアが衝撃告白。

「アリアが?」
「そうです。いつまでもあなたにばかりまかせいられないわ」

意外だった。
普通の女の子となったといっても、以前の威厳や風格を残しているアリア。
“料理”に興味をしめすとは、少々意外だったのだ。
ちなみに、今まで昼食や夕食はブラッドの担当だった。
400年以上生きて磨いた料理の腕はピカイチだったりする。

「あぁ。いいんじゃないか」
「ありがとう」

ブラッドは、そんなアリアを応援したく、快く頷いた。
後の惨劇など、知る由もなかった。




そして、昼前。

「アリア…」
「…ごめんなさい…」

簡素な台所に散乱した謎の黒い物体。
鍋の中も真っ黒。

「何を作ろうとしたんだ?」
「ク、クリームシチュー…」
「シ、シチュー…」

よくわからなかった。
台所を見る限りでは、シチューの影など欠片もない。
というか、食べ物の影すらない。

「…ど、努力はしたのだけど、私料理って本当にしたことがないの」
「俺より生きてるのにか?」
「えぇ…精霊は、特に食事を必要としなかったから」

確かに100年近く共にいたが、彼女が食事をとっているようには見えなかった。
それにしたって、これ程までとは。

「…負けないわ。女神アリアの名にかけて、必ず料理を完遂してみせるわ」
「元女神な」

妙なところで負けず嫌い。
共に暮らすようになって、ブラッドが気づいた彼女の特徴のひとつだ。

とりあえず、昼食はブラッドが作り直し。
アリアは夕食にて再チャレンジ。





しかしまぁ、結果は目に見えていたわけだ。

「アリア…」
「本当にごめんなさい」

夕方に再び台所にて戦いを始めたアリア。
だが、昼と変わらずやはり食べ物らしい物などできあがらなかった。
で、やはり夕食もブラッドが作ることとなる。

「はぁ…だめね私」
「え…」
「こんなに料理ができないなんて…」

食事の後、アリアはポツリと呟いた。
表情は浮かない、少し悲しげな色。

「練習すれば上手くなるよ」
「そう…かしら」
「そうだよ」

ふと、ブラッドは気になった。
アリアは何故そんなにも料理にこだわるのか。
彼女のことだ、何の理由もないわけがない。

「アリアは、なんでそんなに料理がしたいんだ?」
「あ…それは…」
「それは?」

気恥ずかしそうに少し頬を染めて俯くアリア。
100年前では絶対に見ることのできなかった姿だ。

「料理は女性の仕事というのが一般的でしょう?」
「まぁ…な」
「それに…あなたに美味しい料理を食べてほしくて」

そう言って、アリアは先程よりも恥ずかしそうに俯いてしまう。
そんな可愛らしいアリアの姿がおかしくて、ブラッドは笑ってしまう。

「嬉しいな」
「え…」
「アリアが俺のためを想って、料理をしようとしてたなんて」
「え…えぇ…まぁ」

ふたりで微笑む。

幸せがまたひとつ。

「私、必ず上手に料理ができるようになってみせるわ」
「楽しみだな」



穏やかな日々に、ささやかな幸せ。
100年前とは全く異なる空気。

その中で、新たな幸福を見つけていく。
もちろん、ふたりで。


だが、結局のところ、それらしい物が作れるようにはなったが、アリアの料理の腕があがることはなかったという。

END

2006年10月執筆
2008年3月修正

料理が下手とかアリア様かわいいです。
絶対ブラッドの方が料理上手なんですよ。
この二人は長年つらい戦いをしてきた分、新しい日々を目一杯幸せに生きていて欲しいです。
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月14日