何を望むわけでもない これ以上も、これ以下も そう ただ傍にいるだけでいい happiness location 「ねーカイル」 「んだよ」 いつでも不敵な笑みを浮かべているスカーレルが、いやにニヤニヤと話しかけてきた。 こういった時はろくなことがないのだ。 カイルは、ヤードお勧めのお茶を飲み、平常心を保とうとする。 「あんたさ、センセに手ぇ出さないの?」 「ブーッ!!」 あまりに突拍子のない発言に、カイルは古典的にも口に含んだお茶を吹き出してしまった。 とりあえず、その辺にあった雑巾で机を拭いて、失った平常心を呼び戻そうと試みる。 そんなカイルを尻目に、相変わらずスカーレルは飄々としている。 「お前…いきなり何言いだすんだよ!?」 「あら、素朴な疑問よ」 素朴もなにもあったものじゃない。 やはりろくなことにはならなかった。 「好きなんでしょ?」 「そ、そりゃ…そうだけどよ」 率直に問われ、嘘をつくこともできず、言葉を濁しつつも素直に答えてしまう。 そう、自分は彼女が好きなんだとわかっている。 だからこそ、強引にこの旅へと連れ出した。 彼女はいつもの笑顔でついて来てくれた。 だから…なにもこれ以上を望むことはねぇ 「甘いわね」 「は?」 「男ならやるときゃやりなさいよ!」 純粋に人の恋路を応援してくれているのならば嬉しかったものだが、明らかにスカーレルはカイルをたきつけて遊んでいるだけ。 迷惑にも程がある。 しかし、そんなことお構いなしのスカーレルは、ずけずけとカイルのプライベートに踏み込んでくる。 「少しぐらいは進展があってもいいんじゃないの?」 「お前には関係ないだろ…」 「いいえ、あるわよ」 何故か言い切るスカーレルが、なんだか憎らしくなってきた。 「なんでもいいから、ちょっとぐらいセンセに手ぇ出しなさいよ」 「…なんでてめぇに指図されなきゃならねぇんだ」 「文句ある?」 カイルはもう何も言えなくなっていた。 カイルだって男である。 好きな女に手を出したいと思わないこともない。 でも…なぁ… 「カイルさん」 「あ、アティ!」 甲板にて物思いにふけっていたカイルに声をかけたのは、意中の彼女。 思わず声が裏返る。 「風が気持ちいいですね」 「あ、あぁ…そうだな」 カイルの隣に立つアティは、美しい紅い髪を潮風になびかせ、真っすぐに海を見つめている。 そんな彼女を見つめてみると、自分の悩みなど何処かへ吹き飛んでしまいそうで。 同時に愛しさが溢れてきたり。 「カイルさん…なんだか浮かない表情ですね」 「そ、そうか?」 「何か悩んだりしてませんか?」 お前のことだよ なんて言えるはずもなく。 なんでもないと言って微笑むことしかできなかった。 心配そうな顔で見つめてくるアティの優しさが、ほんの少しだけ恨めしかった。 「なぁ…アティ」 「なんですか?」 いつもの笑顔で応えてくれる彼女が、どうにもこうにも愛しい。 そっと頬に手を当てると、アティは少しだけ顔を赤らめる。 スカーレルの言葉にたきつけられたわけじゃない。 自分の意志で。 あぁ…でも… 「カイルさん?」 「なんでもねぇよ」 カイルはアティの大きな帽子を上から思いっきり押さえ付けて、腹の底から笑った。 なにをするんだとむくれる彼女も、なんだか楽しくなってきたのか、次第に笑い声を出し始める。 この瞬間だ カイルの胸をよぎるのは、体中を満たす幸せの感覚。 何もこれ以上を望むことなんてねぇ ただ、そばにいるだけ。 それだけで、幸せだと思えてしまうから。 「なぁ、アティ」 「なんですか?」 「ずっと、傍にいてくれるか?」 アティは唐突な質問にほんの少しだけきょとんとした表情をして、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。 「もちろん!」 君が隣にいてくれるだけで、幸せだと思えるから。 君が隣にいてくれるなら、どこへだって行けるから。 だから、ずっとそのまま微笑んでいて。 そこが、最高の幸福の在りか。 END 2008年5月執筆 短いですね。短いよ。 ただ、アティが傍にいてくれれば幸せっていうカイルさんが書きたかっただけなんです。 あんまり表立ってイチャつくとは思えませんし(笑 一緒にいれば、それだけで良いんですよ。癒されてれば良い。 それでは、読んでくださった方、本当にありがとうございました! 2008年5月13日 |