向日葵の涙


寒い風の吹く夜に思い出すのは、暖かいぬくもりで。
寂しくないと言い聞かせても、心は欺けなくて。
でも、泣くわけにはいかない。

そうだよね

コリン









向日葵の涙









「じゃあ、見張り番頼むなしいな!」
「あぁ、まかせときな!あんた達はゆっくり寝てな」
「寒い夜の見張りは肌に悪いですからね。途中で代わりましょうか?」
「え、いいってそんなの!」
「そう?」

リフィルの優しい心遣いに感謝しつつも、しいなはその申し出を断る。
いつも皆も夜通しで見張りを頑張っているのだから、自分だけ甘えるわけにはいかないのだ。

しっかし・・・本当に寒いねぇ・・・
これは、肌がどうこうよりも先に、風邪ひいちまうよ・・・

野営地は風通しが良く、本日それは悪条件以外の何ものでもない。
今日の見張りの人物はつらいだろうと、他人事として考えていたが、自分の番だったと思い出したときは少しだけ青ざめたものだ。

リフィルが作ると言ったのを何とか制止して、ジーニアスが作った温かい夕食を済まし、皆が寝入りだす。
しいなだけは暗闇に踊るように燃える焚き火の前で座っている。
自分用のブランケットを、抱えた膝にかける。

「はぁ・・・寒い・・・」

口から漏れる白い吐息が空に消えていくのを見ながら、しいなは胸に生まれる違和感を拭えないでいた。

そう・・・自分でもわかってるじゃないか
どうしてこんなに寒いのか
その理由を

「・・・コリン」

吐息のように漏れ、そして消えた囁き。
肌に刺さるかのような冷たい風は、あたかも心の中にまで吹き荒ぶよう。
『寂しいくせに強がってるんだろう?』と、嘲笑っているかのようにも感じられる。
しいなは抱えた膝に顔を伏せ、強く目を瞑る。

泣かないよ・・・あたしは
泣いてはいけないんだ

どのくらいの間そう言い聞かせていたかもわからない。
ただ、刻々と夜は深まるだけ。
ひとりの夜がこんなに寂しいことを、しいなは初めて知った。
風の音と、火のはぜる音と、かすかに聞こえる仲間達の寝息だけの空間。

いつもコリンがいてくれたからね、寂しさも紛れてたんだね・・・
あたしは・・・
こんなにも弱かったのか

脳裏に激しい雷が浮かぶ。

そう・・・あたしが弱かったから
皆を傷付けちまったんだ・・・
そして・・・コリンも
情けない

「よッ!し〜いな♪」
「わッ!?」
「うおっと!そんなに驚くなよ〜こっちがビビっちまうじゃねぇか」

唐突に背後から声をかけられれば、誰だって驚くに決まっていると胸の中で悪態を吐きながら振り返る。
そこには、異常な程に闇に映える紅の髪を携えた男がいた。

「ゼロス・・・」

しいなは目をぱちくりさせずにはいられなかった。

「なぁんだよ、その顔は?」
「あ、いや・・・ゴメン。ちょっとびっくりしただけサ」
「俺様ちっと寝付けなくてな。つまらない見張りをやってるしいなのお付き合いでもしよっかな〜って♪」
「あ、あぁ・・・そうかい」
「なんか微妙なリアクションだなぁ・・・」

あまりに急に声をかけられたものだから、しいなは動揺した。
そんな彼女の様子など全くわからないといった風に、ゼロスは自分のブランケットを持ちながら、しいなのすぐ傍まで歩み寄る。
しいなは、風に揺れるゼロスの髪に目がいく。
炎の色とも、血の色とも似つかない、その紅。

「なんだよしいな、俺様のビボーの見とれたか?」
「ばッ!そんなわけあるか!」
「でひゃひゃひゃ!」

言いながら、ゼロスはしいなの隣に腰を下ろす。
そしてそれと同時に、サッとしいなの肩に自分のブランケットをかけた。

「?これ、ゼロスのだろ?あんたが羽織りなよ」
「いいって」
「でも、これじゃあんたが寒いじゃないか」
「いいんだよ」

何故かゼロスの口調が真剣みを帯びていた為に、しいなはこれ以上は反論できなかった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

ゼロス・・・?

どことなく普段と違う様子を見せるゼロス。
焚き火に彩られる輪郭は、気おされる程に端整なつくりをしている。
口を閉じ、真っ直ぐな瞳をしていると、やはりこの男は「二枚目」なのだと思わざるを得ない。

・・・何考えてんだい、あたしは

少しだけ自己嫌悪。


沈黙が続く。
このまま火のはげる音と、吹きぬける風の音だけが続くようで、しいなは段々と息苦しくなってきた。

あぁ・・・でも・・・

しかし同時に、不思議な安堵があることもわかっていた。
隣で座るぜロスの存在感が、どういうわけか、しいなの胸を暖かくさせるのだ。

「お前さ・・・」
「え?」

何の前触れもなく、ゼロスが口を開く。

「・・・泣きたきゃ泣けよな」

!?

胸の鼓動が速くなる。

「な、何・・・言ってんのサ。あたしは・・・」
「仲間の前でまで強がるのか?んなもん、ロイド達は望んでねぇよ」
「で、でも・・・」
「泣きたいときゃ、泣けばいいんだよ」
「・・・う」

なんで、こいつにはわかっちまうんだろう・・・

不覚だとかなんとか思いながら、すでにしいなは泣いていた。
声を押し殺しながら、ぽろぽろと涙を零す。
落下する涙は、羽織ったゼロスのブランケットに吸い込まれる。

寂しい
そう
あたしは寂しいんだ

しいなは泣き続ける。
自分の心の本音を理解することが、こんなにもつらく重いことだとは知らなかった。
しかし、その分胸のつかえが取れる思いになる。

しいなが泣き続けている間、ゼロスは一言もしゃべらなかった。

「スッキリしたか?」
「・・・あ、あぁ」

そう聞いてゼロスがフッと微笑んだものだから、しいなは何となく気恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。

「しいなは色々溜め込みすぎなんだよ。たまには俺様みたいに気ぃ抜け」
「あんたは気を抜きすぎなんだよ」
「でひゃひゃひゃ!違いねぇ」

いつもは下品と言われるゼロスの笑い声が、何故か心地良く感じられ、ゆっくりとしいなの気持ちが和らいでいく。

・・・ゼロスの本音ってやっぱり読めないけど・・・こういうとこで優しいってのだけは確かだね

口に出して褒めると調子に乗るのは目に見えていたので、胸の中で思うだけにしておく。

「ゼロス・・・」
「ん?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ありがとう」
「・・・・・・」

ゼロスは何も言わずに、ただしいなの頭に手を置き、少しだけ髪を撫でる。
子ども扱いされているみたいだったが、嫌な気はしなかった。


その後、時折他愛も無い話をしながら過ごした。
しいなが睡魔に負けそうになると、ゼロスは自分が代わるから寝ろと言ってきた。
もちろんそんなわけにはいかないので、目を擦り耐える。
するとゼロスがフッと笑うのが、やはり気恥ずかしかった。


翌朝。

「しいな、ご苦労様」
「どってことないサ」
「俺様ねっみぃ〜・・・」
「あら、どうしてゼロスが寝不足なのかしら?しっかりなさい」
「リフィル様きっつー」

しいなは助け舟を出してやろうかとも思ったが、夜通し何をしていたのかと問われると答えられないのでやめておいた。

「しいなぁ・・・フォローしてくれよな」
「嫌だよ!」
「ったく・・・すっかりいつもの調子に戻りやがって」
「なにサ?」
「別にぃ」

不服そうなしゃべると三枚目のこの男に、ちょっとだけの罪悪感と大きな感謝を抱きつつ、しいなは空を見上げる。

本日はすこぶる快晴。
風は緩やかで、雲はなく、太陽が満開の花のように輝く。

コリン
あたしはやっぱりあんたがいなくて寂しいと思う
けどね
泣いてもいいんだってわかったら、結構楽になったんだよ
不本意だけど、あいつのおかげでね
この借りは必ず返すさ
あいつがあたしの泣き場所になってくれたように
あたしもあいつを少しでも支えられたら・・・なんてね

「ゼロス」
「ん〜?」
「・・・やっぱり何でもない」
「なんだよ〜しいな〜」

あんたが泣きたいときは、あたしが傍にいてあげるから

END

2007年1月執筆
2008年3月修正

久しぶりに書いたゼロしい。
なんだかんだでしいなに優しいゼロスってのが好きなんです!
しいなも優しくしてあげてね(笑
では、読んでくださった方、ありがとうございました!
2008年3月11日