陽だまりと彼女


朝日みたいな澄んだ空気。
夕暮れみたいな切ない空気。

「サクラ」という名の花のような、言葉では表現しきれない美しさのような空気。

俺が思うあいつの空気は、そんな感じだ









陽だまりと彼女









ミズホの里の昼下がり。
心地良い暖かい陽が惜し気もなく降り注ぎ、さらにほんの少し髪を凪ぐ優しい風。
こんな日は昼寝に最適だ。

「でも、昼寝なんてしてらんない・・・か」

屋敷の縁側で陽に身を暖めてもらいながら、しいなは呟く。
ドタバタとした出来事も落ち着き、里でゆっくりとしているしいな。
しかし、彼女は頭領なのだ。
休んでいられる時間は、ごく限られている。

たまには休んでみたいけど・・・そうも言ってらんないよね

頭領として恥じぬように働くには、甘えたことは言っていられない。
ふと、こんな時はあの男の声と顔が浮かんでしまう。
一応は二枚目なご面相に、下品な笑い声。
きっとあいつは、仕事に埋もれながらも必ずどこかで上手に休息をとるのだ。
そういったところで頭が働くから。
なんか憎たらしいね…
空を見上げる。

「ゼロス…今、何やってるかねぇ」

なんか、一発殴ってやりたい気分だよ



それからすぐだった。

「やっほ〜しいな〜♪」

ゼロスが里へ現れたのは。

「あんた…今日は何しに来たんだい?」
「しいなの顔見に来たに決まってんじゃ〜ん」
「…」

ゼロスはいつも唐突に現れる。
何か理由がある時もあれば、全く無い時もある。
本日はどうみても後者のよう。
手ぶらでただ遊びにきた。
そんな感じ。

「特に用がないなら帰っとくれ。あたしは忙しいんだ」
「そうつれないこと言うなよ〜」

とか何とか言いつつ、無遠慮にもゼロスはずかずかと屋敷に入っていく。

「ちょっとゼロス!」
「いいじゃんいいじゃん」
「まったく…」

今は幸いにも、イガグリもタイガもおろちも、常に屋敷にいるような人物は出払っている。
他人に迷惑がかかる恐れはない。
しかし、しいなには大いに迷惑が降りかかる。

あ〜…これからやらなきゃならないことがあるってのに〜…

先日イセリアを訪れた時の報告書を作らなくてはいけない。
次にイセリアや城へいく予定。
どこかで怪しい動きなどがないか調べること。

ついでに夕食の支度
あ〜忙しい…

「って…ゼロス!」
「あ〜?」

いつの間にやらゼロスは、よく陽のあたる縁側へ行き横になっている。

「ったく…」
「しいな」
「…?」

ゼロスはちょいちょいと手を動かし、しいなを呼んでいる。

「…なんだい」
「ここ、ここ座って」

ゼロスは自分の隣を指差す。
反抗しても仕方ないので、とりあえずゼロスに従い彼の横に座る。

「よっと」
「ちょ!ゼロス!!」
「いいじゃんいいじゃん♪」
「〜〜〜っ!」

ゼロスがしいなを隣に呼び寄せた目的。
それは、膝枕をするためだった。
やはり無遠慮にもしいなの膝に頭を置き、ゼロスは下品な笑い声をあげ、すっかり体の力を抜いている。

「あんたねぇ…あたしはこれからやらなきゃならないことがあるんだよ!」
「放っときゃいいだろ〜そんなん」
「あんたじゃあるまいし・・・ちょっと聞いてんのかい?」
「お〜聞いてる〜・・・」
「・・・」

黙ってしまうと、すぐにゼロスは眠ってしまった。
しいなは大きくため息をつく。

どうしてくれよう・・・このアホ神子

心の中では悪態をつきつつも、実際は何もできやしない。
叩き起こすのも、いきない立ち上がってやるとか、そんなことはできない。
ゼロスは幸せそうに寝息をたててすでにぐっすりと眠っている。
早くも深い深い眠りに落ちている。

「・・・」

しいなはそっとゼロスの紅い髪を撫でる。
いつも美しく保たれているはずの髪。
しかし、今は少し艶が落ちているよう。
瞳を閉じた顔も、よく見ると疲れの証拠なのか、顔色が良いとは言えず、少しだけだがクマもある。

徹夜でもしたのかな・・・疲れてる

こんな時、やはりこのアホ神子はすごいと感じる。
他人の前では、絶対に疲れを見せることがないのだ。
それは昔から。
ロイド達と旅をしていた時も。
ふたりで旅をしていた時も。


暖かな陽に、爽やかな風が吹く。
昼寝には絶好の日和。

「しかたない・・・か」

陽だまりに身を寄せて、少しの間でもゼロスを休ませてやろうと、しいなは自分の時間を犠牲にした。
膝が疲れてしまうかもと思ったが、そんなの報告書を書く面倒臭さに比べればどうってことはないと思えた。




どれくらい時間が経ったか。
まだ日は暮れていないが、ゼロスが寝入ってからしばらく経った。
その間、しいなは身動きがとれないため、ただ外を眺めたり、時々ゼロスの寝顔を眺めたりもした。
起きる気配などなく、気持ちよさそうに眠っている。

旅をしている間、こんなにも気持ちよさそうに眠るゼロスを見たことがあっただろうか。

「ゼロス様!」

かすかな眠気に思考が霞んでいたその時、唐突に声がする。
振り返ると、いつの間に入ったのか、ゼロスの家のセバスチャンがそこにいた。

「ど、どうしたんだい?」
「しいな様、ご迷惑をおかけしました」
「はぁ・・・」

セバスチャンは随分と年を取った顔つきに相応しい丁寧で厳粛な物言いをする。
しいなは状況を把握した。

「大方、仕事放って逃げたこのアホ神子を探しに来たんだろう?」
「お察しの通りです」

しいなは未だ自らの膝の上で眠りこけるゼロスを指差す。
セバスチャンは申し訳ありませんと言いつつ、近寄ってくる。

「おや」
「どうかしたのかい?」
「いえ・・・ゼロス様が・・・」
「?」

歯切れの悪いセバスチャンの表情は、実に珍しいものを見たと物語っており、微笑んでいた。

「ゼロス様が、こんなに人の傍で眠るなんて・・・」
「え・・・?」
「ゼロス様は・・・ご自宅におられる時も、どんな時も必ず何かに警戒して寝ておられました」
「・・・」

しいなも、その事に覚えがあった。
あれだけ共に旅をしていれば、嫌でも気づく。

「どんな人でも誰かが近づけば、必ず飛び起きておれられました」

いつ殺されるかもわからぬ立場。
それが神子なのだ。
世界が統合された今でも、それは変わらない。

「ですが、今は・・・」
「随分のんきな顔で寝てるねぇ」
「しいな様のお傍だからでしょう」
「え・・・まさか」

セバスチャンはただ意味ありげに微笑むだけ。

あたしの傍だからよく眠れる?
まさかねぇ

しいなは苦笑い。
セバスチャンは、ゼロスが目覚めたらすぐ帰るように言ってくれと伝言を頼み帰っていった。
彼も苦労しているようだ。


ゼロスが目を覚ましたのは、ほとんど夕暮れ時に等しかった。
しいなもさすがに疲れてきたところだ。

「いや〜よく寝た〜」
「おかげであたしは疲れちまったよ!」
「ご苦労様〜しいな〜♪」
「ったく・・・」

寝起きのゼロスは、今まで静かに寝入っていた所為でやたら騒がしく見える。

「疲れはとれたのかい?」
「お、おう・・・・・・しいなのおかげだな」
「え・・・ゼロス、それって」
「さ〜て、さっさと帰んねぇとな!」

しいなの言葉を遮り、ゼロスはじゃあな!と大きな声で言い、さっさと家から出て行こうとする。

「サンキューな」
「・・・あ、あぁ」

しいなは呆気にとられて、しっかりと返事を返せず、ゼロスが去り静寂の戻った縁側で、ひとり佇む。

あたしのおかげなのかい?




陽だまりの中のひと時の休息。

暖かい陽射しと、澄んだ空気、そして安らげる場所。
休息に必要な、大切な条件。

END

2006年9月執筆
2008年3月修正

いつ頃書いたのかはっきり覚えていないゼロしいです。
ゼロスもしいなも、夢も見ないでぐっすり眠ることが難しいのではないでしょうか…と思っての作品。
しいなはロイド達との旅で克服できていそうですが、ゼロスは…ね。
普段は絶対ヘタレじゃないゼロスが、しいなの前では安らげればいいな〜と。
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月11日