それはまるで一輪の花


それはまるで一輪の花


大切な人を失くす痛み。

もう2度と、味わいたくない感情。


毎度のことながら、セネルは遅起き。
そもそも早く起きるという概念すらないと思われる。
かすかにシャーリィの声が耳に入った気がしても、夢の中のものと思って目を開きはしない。

少し夢を見た。

いつも明るくて、暖かい笑みを浮かべていた。
でも、自分の背中で泣いていた時はひどく儚かった。
最愛の人。
ステラ。

そして
昨夜、帰らずの森で自分の背中で泣いていた。
クロエ。

ふたりの姿が重なった。
それが、ひどく恐ろしかった。

俺は何を恐れてる・・・?

ドテッ

派手な音をたてセネルはベッドから落ち、床に転がった。
上半身を上げ、頭をかく。
『噴水広場で待ってるから』
先程、夢の中で聞こえたと思っていたシャーリィの声を思い出し、ようやく今日はエルザの様子を見に行くのだったと理解した。
身支度をし噴水広場に行ったが、そこには誰もいなかった。
置いて行かれたのだとショックを受け、急いで病院へと直行した。

病院へと向かう途中、ふと思った。
病院に行けば、当然クロエがいる。
少し、顔を合わせずらいかなと感じる。

気持ちがしずむ。

病院に着けば、既にセネル以外の皆は集まっていた。
もちろんクロエも居るわけで。

クロエは笑っていた。

「待ち合わせをすっぽかすとはな。ひとでなし」

そう言って、笑った。

その表情は、今まで見たことのないものだった。
セネルは驚いた。
笑ったクロエの顔が、とても晴れやかで、澄んでいて。
キレイだったから。

「私の顔に、何か付いてるか?」

じっと自分の顔を見てくるセネルをいぶかしみ、クロエが問う。
セネルは適当に返事をした。



クロエは、よく街角でひとりで佇んでいた。
時には雨に打たれながら。
遠く遠く。
何処か、誰も知らないような場所を見ていた。
その姿が、セネルの目に焼きついている。
風が吹けば、消えてしまいそうな姿が。

守りたい。

心の奥底で目覚めた感情。
彼女を守りたいという想い。
しかし、セネルはその感情の名を呼ぶことができなかった。
その名に気付かなかった。



「クーリッジ」

街で、不意に名を呼ばれて振り返る。

「クロエ」

振り返れば、美しい笑顔のクロエ。
胸の中がざわめくのを覚える。

「なんだ?」
「いや、ただ呼んでみたかっただけだ」

そう言って、今度は少女のように笑う。



クロエが「大陸に帰る」ということを告げた時。
恐くなった。

また失うのか、と。
しかし、シャーリィの本気の言葉によって、クロエは大陸に帰りはしなかった。

その時、どれだけ嬉しかったか。

晴れやかに笑うようになったクロエ。
でも、まだ時々遠くを見ているのを、セネルは知っている。
その背中が、寂しそうで。
消えそうで。
まるで、一輪の花。
たったひとりで咲く花。

もう2度と、大切な人を失くしたくはない。
失うことを恐れているのだと理解した。
その想いが溢れる。

守りたいと。
強く、強く想う。

いつも、一緒にいたいと。

好きなんだと。

気付くのが遅くなったと、ひどく後悔した。

END

2005年12月執筆
2008年3月修正

正直、今読み返してみるとよくこんなセネル→クロエが書けたものだな自分と思います。
セネル君はやっぱり鈍感ですからね、気付くのが遅いんです。
そういったところでは、クロエの方が一歩の先を行くのです…。
ここからが巻き返し時だぜお兄ちゃん!!
では、読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2008年3月9日